創造と発表の新しい学力
総合選抜入試にも対応。探究学習を超えた、新しい創造発表学習。
AI時代には、知識の学力よりも、思考力、創造力、発表力の学力が重要になる。

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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   世間の中で生きるということ   くま王子

 日本人は社会ではなく世間を気にしながら生きている。個々それぞれの世間の中で暮らす事は楽で安心だからだ。しかし、社会に出た時に世間と世間はお互いにぶつかり合うか閉鎖し合う。社会の場での自分のことしか考えない行為を、多くの世間は是認しあっているのである。私は、世間を意識しても良いと思う。
 なぜなら、人は一人では生きていけないからである。最初から一人、つまり自分の世間に自分だけしかいなかった場合は孤独にも耐えられるかもしれない。たった一人の孤独も当然辛いだろうが、しかし自分の世間の中にいた人が自分を弾き、切り離されたらどうであろう。また、そんな自分を他の世間が身を守るために攻撃するか知らん顔をしたらどうであろう。きっと自分がひどく惨めなものに見え、自分で自分を攻撃し始めるだろう。そんな生活を常人が続けられるはずも無い。  もうひとつの理由は、世間を気にすると攻撃されないで生きていけるからだ。世間を飛び越えて怒ったり攻撃してきたりする人は、この日本にはあまりいないかと思われる。いるとしたら、怒りにまかせて何も考えていない人か、殴られる覚悟のある人だけであろう。2004年に行われた人間関係の意識調査では、夫婦、親子間で本音を話している人は75パーセントで、話していない人は19パーセントもいる。家族の中でさえ傷つき傷つけるのを恐れている人が2割もいるのだ。自分の世間の外にいる人を攻撃することはたやすい。しかしそれは相手にも言える事である。世間の中で上手く立ち回れば、世間が守ってくれる。また、世間からの攻撃だったとしても、自分の世間の中だったら動きやすいのだ。  確かに、世間にとらわれると個々の意見を持ちにくくなる。しかし、自分の世間が無いと自分の意見を聞いてくれる人はいないのである。「良い友人を持ちたければ、まず自分が良い友人でなければならない」という名言があるように、自分の意見を聞いて欲しければ人の意見を聞くことだ。そしてそれが、自分の世間を平和に保つことになる。人との関係を孝平にすることができる。
 私は、自分の世間では常にイーブンな状態を求めている。しかしそれが叶うことはない。
私の世間の中にいる他人には、その人の世間があって、私と全く別のことを求めていたりするからだ。そして私は自分を他人に押し付けることは嫌だと思っている、もちろん押し付けられるのもとことん嫌だ。そういうことをする位なら黙っている道を選ぶ。他人に気を使っているなどという綺麗なものではない。攻撃されるのが怖いのだ。しかし黙っているにも限界はある。自分を表現しないと、何のために生きているのかわからない。これは私だけでなく誰にでも言えることだと思う。人は一人では生きていけない。他人に自分の意見を抑えこまれてはならない。本気を出して殴り合いをすることでしか得られないものもある。しかし、その力は互角でなければならないのだ。

   講評   inoko






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