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【utiからのデータ】
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現在、人と人との関わりが希薄になっている。無気力と無感動が教室を支配する中学校・高校では、他者への関心や気配りが見受けられない。他者が困っていても関心は無く、他人事として聞き流したり、気配りが違う方向に向いてしまったりするのだ。また、人と人との関わりだけでなく、人の、「もの」との関わりも希薄になっている。昔の人の知恵によって生み出された道具を、上手に使えない人が増えているのだ。鋸や金槌をはじめ、人と人とを繋ぐための言葉という道具も上手に使われていない。それは、近年の文字離れや活字離れといった問題を見れば一目瞭然である。このような状況を打破するために、私たちは人や物との関わりについてもう一度考えなおしてみるべきだ。その方法は二つある。 第一の方法は、もっと「もの」を大切に使うことだ。長年使っていればそこに愛着が生まれ、道具との関わりも深くなるはずだ。例えば私は、小学校6年生くらいの時、小学校に入学したときから持っていた鉛筆を数本使っていた記憶がある。物凄く短くなった鉛筆を2本、セロハンテープで接合し、鉛筆削りで先を尖らせて使っていた記憶がある。それをボロボロの筆箱の中に入れていた。小学生のころは、16年間の人生の中で私が一番ものを大切にしていたのではないかと思われる時期だ。高学年になると周りの人はリュックサックで登校する中、私はピカピカのランドセルを背負って登校していた(それが普通なのだろうが、私の学校ではリュックサック率が高かった)。家の洗面所には私のボロボロの歯ブラシが置いてあり、そのせいでよく虫歯になっていたなぁ(笑)。しかし現在では、私はあまりものを大切に使わなくなってしまったような気がする。ノーベル平和賞受賞者でケニア環境副大臣のマータイさんが、「MOTTAINAI」という日本語を環境保護の合言葉として紹介したそうだが、これを機に私も、もう一度ものを大切に使う努力をしてみようと思う。
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その他:
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/nitiji:2005-03-19 12:25:09
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