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我が家のしつけ
イチゴ の 池 の広場
太一 / あうけ 中1
 本質的な問題に、どんな点から気づくのか、そう言うものが、どんな状況か
ら出てくるかというと、その人の素質によるものだと思います。これはいろい
ろな要因が考えられます。小さいときからのものの考え方、家庭内でのしつけ
、いろんな要素が複雑に入り組んでいるわけです。小さな家庭生活や、子供社
会の体験から、本能的なわがまま感情と、一報では、経験的にどうすれば良い
のかという、理性というものが、小さいときから生まれてくるのです。
 
 僕の母は、僕のほうから見ると、しつけについては、きびしいと思うが、ど
ちらかというとおせっかいだと言ったほうが正しいと思う。変な言い方をする
と、ちょっとうるさいと思う面もある。母は、ほかのうちが日常的にしている
「テレビを見る」ということを規制している。それはテレビを見ていると、う
るさくて頭がいたくなるし、くだらない番組があるからだと前に言っていた。
だけど、例外として一週間に1回だけは見せてくれる。それでも母が許可した
番組だけだ。とはいっても、僕と僕の妹は、しょっちゅうチャンネルを変える
ので、親もだめとは言いながら、もうあまり注意しない。だから、情報を集め
たくなると結構大変だ。パソコン関係は父が取っているパソコン雑誌から集め
られるが、そのほかの情報を集めたくなると、2個目で最後の手段「インター
ネット」だ。実際、僕はかなりの情報収集をインターネットに頼っている。だ
から、パソコンは本当に物知りの友達みたいなものだ。しかし、こうやって悪
いことずくめではない。テレビ規制のおかげで、僕はインターネットの世界に
入り込めることができたし、新しい出会いもかなりあった。雑誌からもできる
だけ情報を吸い取ろうと、いつも飽きるまで読み尽くせた。
 
 『私たちの人生は私たちが費やしただけの価値がある』という言葉のように
僕は少しだけのメディアからできるだけ多くの情報を手に入れようと日々がん
ばっている。その結果、インターネットを通しての新しい出会いがいろいろあ
った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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