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現在「子供」の問題が
アジサイ の 峰 の広場
さやか / あおべ 高2
 長い間、より多く知ることは、より真理に近づくと考えられてきた。しかし
、今やいろいろな領域で単なる専門家というものは役に立たないと言われるよ
うになった。特に「子供」あるいは「教育」の専門家たちによるレッテル貼り
は、わざわざ子供たちを「非行」や「落ちこぼれ」と位置づける。非行少年を
救い出すのは、むしろ専門家ではなく、知識に囚われることのない目をもって
相手に接しうる人であることもしばしばある。知識だけを詰め込み、知識で生
きている人間を相手にしようとすることは問題であると思う。
 
 知識ですべてを対処しようとし、自分で物事を考えられなくなっていること
の一つに、今までの教育を引きずっているということが挙げられる。戦後まも
なくはアメリカに追いつけ追い越せで知識を詰め込んで、アメリカの真似をし
ていくだけでよかったけれど、いざ、余裕ができて、人間に目を向けたときは
いままでの機械相手のように知識だけで対処できるわけはない。今、大事なこ
とは自分の頭で考えることであって、過去のデータをもとに人間を判断するこ
とではないのだ。
 
 また、原因のひとつに今の、大学から社会へのつながりというのがある。い
い大学に入れば、かならずエリートになれるという仕組みが成り立っている(
特に警察?)ことで、勉強ができれば全てが良いのだと思う人もいるかもしれ
ない。つまり社会が、階段を上るようになっていて、周りの人間との関わりや
人間に対する心もなにも無いという感じになってしまう。そして、知識を詰め
込めばいいと考え、自分の頭で考えることがなくなっていくのだと思う。
 
 確かに知識は人間を豊かにしていくと思う。「餅は餅屋、蛇の道は蛇」とい
う言葉があるように、知識を深め、専門家になることは良いことである。しか
し、それとともに知識をつかえるような柔らかい頭になることが必要である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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