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存在を表わす固有名詞
アジサイ の 峰 の広場
由樹子 / あるさ 高2
 固有名詞というのは、私たちにとって一番身近である名詞である。私たちは
固有名詞で両親や友人に呼ばれ、固有名詞で呼ばれることで自分という確認す
ることができた。また学歴なども固有名詞で構成されて、もう私たちには固有
名詞はきってもきれない存在である。しかし、このようによい意味で使われて
いるはずの固有名詞が今日ではむりやり私たちの生活を管理しようとしている
。例えば、中学校などでつけなくてもよい名札をつけさせられたり、国の管理
の為に国民に番号をつけさせるということだ。私はこのような社会は問題だと
思う。
 
 その原因としては第一に、固有名詞というものは前にも述べたように、おも
に生き物、または川などの生物にとって関係が深いものなどにつけられ、その
存在を確認するための名詞であるのに、管理上の便利さから名札をつけたり番
号をふったりして本来の意味が失われている。このような固有名詞の使い方は
無意味である。
 
 第二には、固有名詞によってその人の本来の姿を消してしまっていることだ
。学歴がそのいい例で、例えば、その人の人間性などそっちのけであの人は何
々大学だからすごいだとか、あの人はこの高校だからこんな性格だとか私たち
には固有名詞から色々な先入観がはたらいてしまう。それは仕方がないことな
のかもしれないが、やはりすごく悲しいことだ。
 
 確かに、固有名詞が失われたら私たちの存在が確認されないようで耐え難い
ものがある。しかし固有名詞の本来の意味を考えて、すべきこととしなくても
いいことをわきまえるべきだし、良い意味での固有名詞の社会を作り上げるべ
きだと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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