先頭ページ 前ページ 次ページ 最終ページ
チャレンジ
アジサイ の 滝 の広場
たこ星人 / こむ 中3
エジソンの言葉に、「必要は発明の母である」というのがある。何か必要であ
って発明あるいは創造が生まれるという意味だが、問題はこの「必要」という
言葉の解釈である。
 
 「必要」は、英語で主に二通りの表現の仕方がある。ニーズという二つの事
葉の実際の意味は、かなり違うのだ。
 
 「ニーズ」という言葉は、空間的に言えば、外部の状況を判断して、割り出
した必要性であり、時間的にみると、過去から現在にかけて人間が経験、得た
ものを基準にして割り出した必要性という意味に使われる。
 
 これに対して「ウォント」は、自分の内部から出てくる必要性であり、現在
と未来に時間軸をとった上での必要性を意味している。すなわち、欲望とか欠
乏を内包した「必要」がウォントの由来なのだ。
 
 理性とは、「ニーズ」であり、物事をやるときのブレーキになる役割である
。
 
 そして情念とは「ウォント」であり、物事に挑戦してみよう、という役割で
ある。
 
 今の社会は、
 
 生徒(情念)「ここを受けたいな。」
 
 先生(理性)「君の偏差値だと難しいかな・・・。」
 
 生徒「でも、僕、やってみたいんです!」
 
 先生「・・・・でも難しいぞ、君ぃ。」
 
 ・・・・・というように理性が情念にブレーキをかけすぎるようになってき
ている。
 
 だからといって理性を無視するというわけにはいかない。情念で「フハハハ
。クローン人間を作り出してやるぞぉ~!!」と言う考えを持った人。これを
止めるのが理性の役割なのである。
 
 だから情念でいろんな事に挑戦していき、「やばいな、これは危険だ」とい
うといに、理性で止めるという風にするべきである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ホームページ