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| 講評 |
| 題名: |
「死」 |
| 名前: |
潤之介 |
さん( |
かな |
) |
中1 |
アジサイ |
の |
池 |
の広場
|
| 内容 |
◎ |
字数 |
1319 |
字 |
構成 |
◎ |
題材 |
◎ |
表現: |
◎ |
主題: |
◎ |
表記: |
◎ |
| "☆" 動物の日々は言わば「本能」に突き動かされている。その本能の大元は「生きる」ということなんだね。一方、 |
| 人間はどうだろう。本能ではなく、時計や社会の慣習というシステムによって動いている部分が大きい。それを第1段落 |
| で指摘したんだね。それは人間が社会的存在であることの証拠でもあるけれど、「自然の一部としての人間」を考えると |
| 、そこに「生き物」として欠如しているものが浮かび上がるというわけだね。その点を、最後の「どうやら……」で、う |
| まくまとめられた。 第2段落の、あいまいな先生の発言が、ユーモラス。こんな先生がいたら「なーに言ってんだか! |
| 」となりそうだ。 作文を書くときもそうだけど、主張したいAについて論じるときに、その反対(not A)を考察 |
| することが、より考えを深めることになる。「死」を考えることは、「生」を考えることでもあるんだね。"☆" 力強く |
| まとまった、いい作文だ。 |
| |
けいこ |
先生( |
なら |
) |
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