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| | 人間の人生そっ啄 タイミング |
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| | 健太 | / | いせつ | 小5 |
| 人間の人生そっ啄 タイミング |
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そっ啄の機という言葉がある。得がたい好機の意味で使われる。比喩であって、もとは、親鶏とヒナの呼吸がぴったり合うことをいったものであ |
| る。早すぎず遅すぎず。まさにこのときという タイミングがそっ啄の機である。 |
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ほかの人たちとどれほど親しく交わっていても得られなかったものが、何気ない出会いで与えられる。ここにもそっ啄の機が認められる。われわ |
| れはそれと気付かずに、そういう偶然を一生さがし求めつづけているのかもしれない。 |
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『論語』の冒頭にある一句「学ビテ時ニ之ヲ習フ、亦説バシカラズヤ」では、そっ啄の機はいつやってくるかしれない、折にふれて立ち返ってみ |
| る必要がある、と教えているのであろうか。 |
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僕はこの長文を、読んで,1番感心したのは、 親鶏とヒナの呼吸がぴったり合うことだ。 |
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そっ啄の機はきそうでなかなかこない。 |
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タイミングが悪いと言えば、この前のお母さんだ。いつもは、給食のこんだて表を見てから、夕食の買い物に出かけるのだが、その日に限って、 |
| 見ずに行ったらしい。そしてその日の夕食は『とんかつ』だった。ふだんならよいのだが、その日は、学校の給食も『とんかつ』だった。僕はほん |
| とうは少しショックだった。 |
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またタイミングがよかった事といえばあまりない。 |
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僕の人生で一番タイミングが悪かったのは、小学校へ入学する時だった。僕は、通う小学校への道のりも覚えて、運動会でも新入学児として出場 |
| までしていた。が、3月の終わり頃、父の仕事の都合で引越しをしなければならなくなったのだ。その小学校へ行く為の準備は、全て水の泡となっ |
| たのである。そして、知り合いが一人もいない小学校に入学した。 |
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また、父が言うには、僕のタイミングの悪さは、「生まれ付き」だそうだ。それは、僕が生まれた日に関係がある。僕は、水曜日に生まれた。そ |
| の週、父は金曜日まではどうしても帰れない出張だった。しかし、僕は、水曜日に生まれた。その為父は、金曜日まで、僕に会えなかった。父は、 |
「まるで、蛇の生殺しのようだった!」と言っている。 |
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人間は、人生の運命に左右されやすい。だから、タイミングをはかることが大切だと僕は思った。 |
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