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いったい臆病とは
イチゴの池の広場
太一/あうけ中1
人間は理由のない不安や恐怖から臆病になっている。自意識過剰で、人前にで
ても自分の容貌や性格のことばかり気を取られていると、それが固いカラにな
って、自分の持っているさまざまな美点を被いかくして、ますます自分を人に
すかれない人間にしてしまう。友達ができない原因についてはいろいろ考えら
れる。人間には、人好きのする人と、しない人の区別の有るのは免れがたい。
そして人好きのしない人が一般に友達に恵まれないのは見やすい道理であるが
、最初から自分は人に好かれないと思いこむのは、ますます人を遠ざけること
にならないだろうか。
 
 友達ができないことを嘆く人に次に問いたいことは、あなたは自分の周囲に
何か冷たい空気を流していないだろうかと言うことである。私が冷たい空気と
いうのは、好きな人にはすべてを与えるという心意義の乏しいことを意味する
。
 
 僕は、小学校低学年の頃、友達があまりいなかった。学校の後友達のうちに
遊びに行くことなんてほとんどなかった。だけど、学校では友達がいないよう
に見えなかったらしい。それは、学校では仲のいいわずかな人を通して遊んで
ほかのとこ(仲のいい友達のいないところ)では他人、というような友達関係
が僕と友達の間にはあったみたいだからだ。そのことについては、たぶん僕は
今と全く違ってきまじめで、まわりに冷たい空気を流していたからで、仲のい
い友人はそのことを子供心で何となく納得していてくれたからだと思う。しか
し、そのことも小学校4年の頃から変わっていった。ぼくは自分では意識して
ないが、自然に、冷たい空気を止めていったみたいで、すぐにみんな本当の?
友達になってくれた。そして今の僕に至っているわけだ。つまり、小学校生活
6年間で僕は変わったのだ。
 
 「良い友人を得たければ、まず自分がよい友人でなければならない」という
名言があるが、それは昔の僕にぴったりの言葉だと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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