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判断はじっくりと
イチゴの泉の広場
ホームズ/なか小5
 同じ名前がついている花でもよく見ると、一つ一つが人間の顔が違うように
、それぞれの表情を持っている。いくら見なれた花でも「この花はこういう形
をしているんだ」などと先入観を持って描き始めると、花にそっぽを向かれて
しまうことがある。風で折れてぶらさがっているのもあれば、病気かなにかで
ゆがんで咲いてるものや、日向で勢いよく咲いているのもあるが、根元のほう
では雨の日に土のはねかえりを受けてうすぎたなくなったのもある。そういう
面は、人間社会と同じだと思う。頭の良いのや悪いのや、美しかったりそうで
ない人も、いろいろな人がいる。しかし、日常生活の中では、「あいつは、あ
あいうやつなんだ」と、わずかな判断で決め付けてしまうことが非常に多い。
花の色が一日にして変化するのだから、まして心を持っている人を見るとき、
自分のわずかな秤で決め付けてしまうのなんて、まったく間違っていると思う
。
 
 現に僕は、あまりよくは思っていなかったクラスメイト(その頃は幼稚園だ
ったが…。)と学校に入ってから急に仲が良くなり、今でもたまに遊んでいる
。このように、軽い判断だけで人を見るのは、間違っている。人でなくてもそ
うだ。「食わず嫌い」という言葉をたまに耳にするが、これも軽い判断の上で
の結果だろう。人を簡単に判断するということは、非常に難しい。なので、ま
るで漬物の様にじっくりと人を判断して行きたい。
 
 僕の父は、草野球をやっていた。父は、投手をおもにやっていたが、実は内
野も外野もできるスーパーマンだった。まぁそんなことは置いておいて、父が
投手をやっていたときだ。打者を見て、打たれそうもなかったからといって油
断して、ボールはど真ん中に入ってくるカーブ。カキ――ン!!と、ボールは
快音をたてて飛んで行った。これは父の、お抹茶よりも苦い思い出だそうだ。
 
 「あいつは、ああいうやつだ。」などと、自分だけが軽い判断をしていたっ
て「井の中の蛙」だ。自分だけの軽い判断だけではなく、もっと、いろいろな
人とじっくり話し合い、考えてくのが人間だろう。このように、人などを見る
時は、軽い判断だけではなく、じっくりと考えなければいけないということが
わかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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