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あいさつ
アジサイの泉の広場
ミッキー/けく小5
 人間および動物を通して、広義のあいさつ行動は、一体どのような時に起こ
るものだろうか。
 
 人間の場合、出会いのあいさつ行為は、相手が以後仲良く共に行動していけ
る仲間かどうかの、身元確認にもつながっている。動物の場合も同じで、長い
こと家を留守にしたとき、飼い犬が喜びのあまりに主人を迎えることがある。
 
 私は、この長文を読んで
 
 「うん。あいさつは当たり前だろうなぁ。だって、親しき者にも礼儀ありて
いうからなぁ。」
 
 と思った。それにあいさつは、会話のなかの基本中の基本なんだから。一番
大切なのだ。
 
 だから私はよく祖母に、
 
 「近所の人にちゃんとあいさつするのよ。」
 
 とよくいわれている。(ついでに…、私は近所の人(知っている人)にあった
ら、ちゃんとあいさつをしています。)でもあいさつのことで、思い出がある
。
 
 私は、よく学校で、友達と以下のようなあいさつを交わしている。
 
 「おはよう。」「じゃあね・バイバイ。」
 
 などだ。けれど、ある朝ある子がとてもいやな態度をみせたのだ。
 
 「おはよう!」私はいつもどおりあいさつをしていた。すると、
 
 「………」反応がないのだ。
 
 そばで言ったから聞こえているはずだ。だから私はとてもいやな気分になっ
た。
 
 あいさつが苦手ならば、無理に「あいさつをしろ。」なんていわない。けれ
ど、あいさつをされたら、
 
 自分もするのが当たり前だ。だからその人は、そのうち「仲間に見捨てられ
た魚」のように友達がいなくなるだろう。でも、その人はどうしてあいさつを
しないのだろう。とても、不思議だ。
 
 また、文章には
 
 「飼い犬は、家を長いこと留守にしていた主人を喜んでむかえる」
 
 というととが書いてあった。私は、犬を飼っていないから経験したことはな
いが、
 
 「インコ」や「金魚」はどうだろうか。どちらとも、とてもなついていて、
金魚は私たちが見えるらしい。
 
 でも、どちらとも犬のように、家のなかで放し飼いしていないから帰ってき
てもこちらに来れない。けれど、私たちが姿をみせるとどうだろう。
 
 「インコ」だったら、首を振り、
 
 「こっちへ来て。」と私たちを呼ぶ。
 
 「金魚」だったら、水面から顔を出し、
 
 「えさをちょうだい。」とジャンプする。
 
 どちらも、犬に似た行動だ。だからもしも、インコを家で放し飼いしていた
ら、喜んでやってくるのだろうか。もしも、家の中に水をそそいで金魚を放し
飼いしたら、喜んでやってくるのだろうか。一度、やって
 
 みたい。
 
 飼っている生き物のあいさつは、主人を喜んでむかえることなのだろうか。
人間にとってあいさつは基本だ。だから、生き物にも形がかわってたって、あ 
いさつがあるはずだ。それがわかったら、どんなにいいのだろう。そして、あ
の子は、どうしてあいさつをしなかったのだろう。けれど、あいさつはとても
大切な
 言葉だということがわかった。
 
 

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