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絶対的な勝利
アジサイの谷の広場
ペー吉/うき中2
 私は、スポーツをするからにはかたければならないと思う。あらゆるスポー
ツに言えることだが、勝ちと負けが設定されている以上、勝った方が気分いい
に決まっている。状況次第で負けなくてはならないという意見もあるかもしれ
ないが、それでは余計なストレスを負うことになる。
 
 そもそも、スポーツはなんのためにやるのだろう。健康のために、趣味で、
仕事で、強迫観念で、母親の命を人質にとられ脅迫されて。理由は人によって
さまざまだろうが、そこに共通しているのは「上手くなりたい」という気持ち
である。負けるというのは、自分がその人間よりも劣っているということの証
明だ。上手くなろうとする意志が相手に及ばなかった証拠だ。極端なことをい
えば、勝たなければスポーツをやっている意味は無い。勝つためには、強者で
ある必要はない。ただ、勝とうとする意欲があればいいのだ。スポーツとは、
参加する事に意義があり、勝つ事に意地があるのだ。
 
 親が子に望む職業の第二位にスポーツ選手が入っているという。これは、収
入が多いからではないだろうか。そして、当然勝っていけば収入は増えていく
。金銭面からも、相手に花を持たせるなどという甘いことを言っていては通用
しないものなのだ。妥協を許さない姿勢こそ、スポーツの最たるものだ。圧倒
的な力を誇示することにより、未然に敵を抑えるということにもなる。
 
 確かに、たまには負けておかないと、周りから人間は去っていくという意見
もある。それも一理あるかもしれない。しかし、人間関係はスポーツ以外で作
ることもできる。練習では勝ったり負けたりでも、まあ許容範囲内である。だ
が、試合などの本番では負けることは罪悪である。相手に力が及ばないなら、
それは練習の怠慢であるし、勝てる試合だったのに一瞬の油断を突かれたなら
、それは勝利の虚偽である。「始めることも大切だが、やり遂げる事の方がも
っと大切である」という言葉もある。スポーツをするからには、勝利までたど
り着かなければならない。