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ひとこと(8月4週)
どこかへ旅行が
アジサイの峰の広場
遠藤/せて高2
 どこかへ旅行をしようと思った時、自分達の行きたいと思っている場所を細
かく調らべつくしていくオーソドックスな方法と、何も案内書などで調べない
で自分の足と目で、自由に気のおも向くままに歩き回り見て回るという方法が
ある。しかし、完全に安全だと思われる前者にも欠点はある。それは、読んだ
案内書や聞いた人の話が、いつまでも頭の中に残り、自分は失敗や困難を引き
起こすのが恐くて、決まった場所にしか行かないということである。
 
  私の知り合いの大学生は、今年の夏休み、タイに一ヶ月ほど旅行に行った
。しかも、泊まる宿も前もって決めないで行くと聞いて、とても驚いた。国内
でそういう事をするのはまだしも、外国で一ヶ月間も気のおも向くままに旅を
するなんてどんな失敗や、困難が待ちうけているかもしれないということが気
になる。しかし、そういう旅もできるのは若いうちだけの楽しみであり人生の
中でずっと心に残る大切な経験となるだろう。
 
  それは私たちの生活の中にも、似ている。例えば、私は家でホラーゲーム
をやっていて、この次何が起こるかなどを全て友達に聞いておいて次に起こる
事を知っているため安心して進むことができる。こないだ友達の家に行ってい
る時にもまたほかの友達から電話がかかってきてみんな似たようなことをして
いるのだなと思った。やはりゲームや、勉強は自分の力でやり、「やっとでき
た」という達成感が大きな喜びにつながると思う。
 
  ライト兄弟は、普通の生活をしていれば怪我をしないで済んだのにもかか
わらず、彼らは、あえてこれからの将来のために飛行機の実験を何度も何度も
繰り返して行い、失敗をしながら発明を成功させた。これらの努力が現在、簡
単に旅行できるということにつながっている。
 
  確かに、旅行へ行く時、「案内書」で調べて決まったコースを計画し、安
全な道を選ぶのも悪くはない。しかし、何が起こるか分からないという旅もま
た、新たな発見があり自分の意志で行くというのも、大切にすべきである。「
猿も木から落ちる」ということわざがあるように、いくら案内書で調べておい
ても失敗が、必ずしもないとは言えない。