しかし、現代社会では言葉だけで判断する面が増えています。増えるPL(製造物責任)訴訟に対応するために、企業も製品にいろいろな注意書きをつけていますが、中にはただつけただけのような注意書きもあります。カップラーメンには「熱湯に注意」などと書かれていますが、これはカップラーメンを作っているときにお湯をこぼしてやけどした場合、企業が製造物責任を訴えられないようにするためです。アメリカではペットの猫を電子レンジで乾かそうとした人が、電子レンジ会社を訴えた例もありました。訴えるほうも訴えるほうですね。 ( n )
第一段落は要約と意見(社会問題)。「何でも言葉にすることを要求する社会は問題だ。」n 第二段落はその原因と体験実例。「第一は、相手の気持ちを汲み取るような文化が廃れてきたためである。私もこの前、禁止の自転車通学をして、反省文を書かされた。」n 第三段落は、原因2と自然科学実例。「第二の原因は、欧米と伍してやっていくために、欧米流のディベート文化を身につけなければならなかったからである(原因)。オーストラリアで有袋類がのんびり繁栄することができたのは、大陸の過酷な生存競争から隔離されていたからである(自然)。」n 第四段落は、反対理解とことわざの加工、又は自作名言。「確かに、言葉でやりとりすることはこれからの時代には必要かもしれない。しかし、私たちは言葉の背後にある気持ちを汲み取るような文化を守っていくべきだ。口だけがものを言う文化は、真に人間的な文化とは言えないだろう。」n n n ( n )
「何でも言葉にしなくては伝わらない社会」になってしまったのはなぜでしょうか。自然科学実例を導き出す原因としては、「核家族化したことにより、自然に伝承されていくことが減ってきたため(原因)」ということも挙げられそう。見よう見まねで覚えるチャンスがなく、言葉による伝承に頼るしかなくなった……、ということから、
「幸島のサルは芋洗い行動をすることで有名である。芋を海水で洗うと塩味がつくが、その味を気に入ったサルたちの間で、「海水での芋洗い行動」が広まった。これは、集団の中で自然に伝承された『文化』だが、もしもこのサルたちが集団生活をしていなければ、単なる一個体の好みで終わっていた可能性もある。」
人間も、大勢の中で暮らしていれば自然に身につくことも、今は、インターネットや本など、言葉を手段としたものでしか学べなくなっているのですね。 ( m )