ほとんどの人にとって読書が知的でもない楽しみとなり、同時に、出版業者の印刷機から絶え間のない滝のように書物がふり注ぐ時代にあっては、その目的を果たすには書物はかろうじて一度読むに堪えるものでありさえすればよい。読み返される必要はなく、将来の楽しみのもととして頭に残る必要もない。だから書物が記憶にとどまるかどうかは問題ではなくなっている。ところが、文学は記憶にとどまらないとき何の価値もないものである。想像の楽しみを民間伝承の文学に仰いでいるまったくの文盲は、だから、忘れ去ってしまう小説を手に入るからというだけで読む半文盲よりもずっと幸福だ。口頭伝承の文学は頭に残らなければならない、そうでないと忘れられてしまうからである。だが今日の文字文学のほとんどは忘れられるという予想のもとに出版される。次のシーズンのリストと入れ代わるためである。これが、現代の書物は「古典」とは種類が違うという感じのする理由の一つである。
実は識字能力自体は手段であって目的ではなく、良いことにも悪いことにも、どちらでもないことにも利用されうる。書物も実にさまざまな理由で読まれうる。だが、書物を読む理由こそが書物の読み方を決定し、ある程度、書物から得ることのできる啓発の程度を決定する。書物はすべて楽しみのために読まれなければならないのはもちろんであるが、「楽しみ」という語は意味が多すぎてここで役立つ語ではない。楽しみには種類が多く、知的なものもそうでないのもある。それに、知的な楽しみの種類もいろいろある。文学の鑑賞はごく特殊な種類の知的楽しみを含み、そこでは知的な要素が直接顕現されているとは限らないし、そこでは評論家が想像力と呼ぶようになった能力は複雑で必ずしも定められない役割を演ずる。読む力だけではその種の楽しみを味わうことができるという保証にならない。実際読む力はその種の楽しみとは特別何のつながりもない。ただし、読む力はその種の楽しみがわかる人に伝える技術を提供するというだけである。愛国心と同じように、識字能力はそれだけでは駄目なのである。 ( n )
内容:科学の進歩は、生命倫理の問題など新しい複雑な問題を生み出している。これらの問題に市民が判断を下し、議論に参加するために、最先端の科学をわかりやすく説明するインタープリターが必要だ。
解説:「科学の進歩が新しい問題を生み出している」というのが主題となる社会問題。しかし、これを高校2年生で実感している人はあまりいないと思います。「科学の進歩によって生と死のグレーゾーンが拡大した」などというところを取り上げられるとかなり鋭い。 ( n )
社会問題の主題は、「科学の進歩に私たち人間がついていけないのは問題だ」。背景としては、まず「科学技術が急激に進歩していること」が挙げられそう。様々な電子機器が登場していますが、例えば分かりやすい例でスマホ。ここ数年の間に劇的に浸透し、子供から老人まで広く使われていますが、このスマホには色々な機能が搭載されています。しかし、この機能を全て使いこなしているという人がどれだけいるかは疑問ですね。
また、もう一つの背景には、「科学の進歩は、その分野の専門性を深め、かえって一般に認知されにくくなっている」などとしてもよいでしょう。あまりに科学が進歩して、その道の専門家しか理解できないような問題が増え、一般的に議論することが難しい……などという展開ができるのではないでしょうか。 ( m )