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題名:芸術スポーツといっても(感)
感想文の課題です。課題の長文を読んで感想文を書いてください。
課題の長文
【1】芸術スポーツといっても、何のことか分からない人のほうが多いに違いない。体操、新体操、シンクロナイズド・スイミング、フィギュア・スケートなど、美しさを競うスポーツの総称である。【2】耳慣れないのは当然で、二十世紀も九〇年代になってようやく用いられるようになってきた言葉なのだ。だが、この芸術スポーツにこそ、オリンピックの、いやスポーツの未来がかかっていると、私には思われる。【3】この呼称が登場したということ自体、人間の身体に関する考え方の大きな変化を象徴しているといっていいからである。
むろん、ほんとうは美しくないスポーツなど存在しない。全力で戦っている人間はみな美しい。【4】野球選手もサッカー選手もテニス選手も、みな美しい。少なくとも、美しさに輝く一瞬を持っている。とすれば何をいまさら芸術スポーツかといわれそうだが、この言葉は、その美しく見える一瞬こそがスポーツのもっとも大切な要素ではないかと問いかけているのだ。【5】学問的な定義において、スポーツはすべて芸術ではないかと密かに問いかけているのである。その問いかけがいま、きわめて重要になりつつあると私には思われる。
【6】というのも、スポーツ、さらに総合的な言葉でいえば体育は、必ずしも美しさを追求するものではなかったからである。近代体育はまず何よりも軍事教練として始まった。【7】ヨーロッパの後を追うように近代化に励んだ日本においてはさらに著しいが、それはまず国民の体力の向上を目指すものだったのである。【8】その最大の視覚化が軍隊だが、軍隊の予備軍としての学校、それを補完するものとしての工場においても、体育はもっとも重要なものと見なされていた。
【9】身体の近代化を推し進めたのはじつは愛国主義であり軍国主義だったということになるが、しかしその背後にはさらに重要な動機が隠されていた。生産第一主義である。いかに効率よく生産力を上げるかということこそ、近代体育の、また近代スポーツの隠された主題だった。【0】二十世紀の過半を占めるのは米ソの冷戦だが、社会体制の違うこの両陣営が争っていたのは軍事力では必ずしもなかった。むしろ生産力だったのである。オリンピックは長いあいだ冷戦を反映したが、その間の最大の話題が記録の更新とメダルの数にほ∵かならなかったことを考えてほしい。身体の祝祭を測る物差しが、国家の生産力を測る物差しと寸分も違っていなかったのである。
米ソ二大国の没落と、生産第一主義への疑いの高まりが、ほぼ軌を一にしていたことに注意すべきだろう。芸術スポーツはこの変化を象徴するように登場してきたのである。新体操もシンクロナイズド・スイミングも一九八四年のロサンゼルス・オリンピックから正式種目になった。むろん、記録の更新とメダルの数が話題にならなくなったわけではないが、それ以上に、美しさと感動が話題になるようになったのである。体育やスポーツを見る視線のこのような変化は、選手たちの表情や態度の変化にもはっきりと見て取れる。選手たちはもはや、国家の威信をかけるような悲壮な表情をしなくなった。競技を楽しむようになってきたのである。
人は何のために生産するのか。消費するためにである。より豊かに、より楽しく、より美しく生きるためにである。多くの人がそう考えるようになってきた。生産第一主義から消費第一主義への移行である。かつて生産は美徳で消費は悪徳だったが、いまでは逆に消費は豊かさの別名になっている。物質的な、ではない。生の時間をいかに豊かに過ごすかが、消費の内実であると誰もが考えるようになってきたのだ。芸術スポーツという言葉は、まさにこのような潮流のなかに生まれてきたのである。
芸術スポーツのコーチたちは、審査員のみならず観客を感動させることがいかに重要かよく知っている。見るものの印象によって決定されるのが芸術点であるとするならば、その採点は観客の反応をも、多少は考慮せざるをえなくなるだろう。とりわけ新体操のグループ演技やシンクロナイズド・スイミングなどの場合、コーチの指導はほとんど演出に近いものになってくる。つまり、スポーツが舞台芸術化するのである。人によっては、勝敗が曖昧になるようで、これを嫌うかもしれない。だが、私はそうは思わない。ひたすら記録の更新に邁進するよりは、はるかに健康的に思える。観客もまた生きている人間なのである。
(国学院大)
項目表
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項目の苗 小1から楽しく書ける。作文、読解、国語の通信教育。Online作文教室 言葉の森
項目表 ギンナン の苗 高2年 7~9月
目標:社会科学のテーマを書く書き方を身につける
★重要・評価あり ◎重要・評価なし ○普通・評価なし 段落は大体の目安です。
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課題のヒント
学校の先生の多くが指摘するところでは、子供たちが読書を楽しめば楽しむほど読書が上手になるということである。そしてまた、彼らは文学作品は子供たちの読書力を伸ばすのに非常に効果的であると言っている。楽しくて、計画的な読書をしながら読書力を伸ばすために、文学作品を使う先生がますます増えることは、歓迎されるべきことである。しかしながら、すべて文学作品が、確実にそれが与えられる子供の読書レベルの範囲内になるよう気をつけなければならない。子供は種々なレベルの種々なものを読むものであろうが、難しすぎる文学作品を読もうとして挫折する経験は、子供に少しでも読んでみようかという気をなくさせてしまうものである。子供の興味を引きはするが、彼らが読むには難しすぎる文学作品はいかなるものでも、先生に読んでもらうか、話をしてもらうかにするべきである。
子供の興味が、よどみないスピードのある読書をするのに、大いに寄与するのである。一語一語追ってゆく読み方をする人すら話の筋に気をとられるとそれぞれの語をゆっくり考えるのを忘れてしまう。それよりも、こうなった読者は次がどうなるであろうかと知りたくて、ページを駆け抜けてゆき、一生懸命になって、意味をもつ単語のかたまりを全体として理解してゆくのである。
民話は、特に読む気になれない人にとって有益である。語句の繰り返し、性格描写の簡明さ、それに筋の運びの速さが読みやすくするのである。また、民話の中の簡単な会話は、音読と黙読の間のギャップ、未熟な読者がしばしば埋めにくいと思うギャップを埋めるのに役立つものである。
このように、文学作品は多くの有益な方法で子供の役に立つのである。今日多くの人が、歴史上のこの機械化され多難な時代において文学の本質的価値を理解し、文学のもつ刺激を与える影響がもっと広く利用され得るようにと協力し合っている。教育学者たちは文学作品がもっと豊富に教室に供給されることと先生によるより熟練した文学の使用を熱心に説いている。出版者、訓練を受けた図書館員、文学関係者、子供の専門家は文学の価値を高め広めるためゼロから協力しているのである。これらの努力はことごとく、文学のもつ無限の価値がいっそう実現されつつあることの証拠である。 ( n )
内容:スポーツは軍事教練や国民の体力向上として始まった。社会が生産第一主義から消費第一主義へ移行するにつれて、スポーツも芸術的な要素が重視されるようになった。新体操やシンクロナイズドスイミングなどのコーチの指導はほとんど舞台の演出に近い。
解説:学校の体育などを見ていると、まだ古い軍事教練時代の考え方が残っているようです。マスゲームなどは、見ている方はおもしろくても、やっている方は全然おもしろくもなんともありません。
生産第一主義から消費第一主義への移行は、社会のさまざまな分野で進んでいるはずです。今日の社会の問題としてスポーツに限らず、幅広く考えてみましょう。
勉強も、これまでは、いかに早く大量に覚えていけるかという量的な学力が評価されていましたが、これからは量ではなく質が問われる時代になってきそうです。
食事も、昔は何しろ腹いっぱい食えればいいというような食生活でしたが(高校生の中には、今でもそういう人はいますが)、これからは、量よりも芸術的なセンスの方が食事の重要な要素になってきます。
社会が新しい芸術的な要素を求めているのに、いまだに古い生産第一主義で運営されている仕組みというのが、まだどこかに残っていそうです。規制緩和で問題にされているものの多くは、生産第一主義の時代に生まれたものが、いまの時代に合わなくなっているというケースが多いようです。身近なところでは、公立学校の学区が決まっていて選択の自由がないとか、私信を配達する仕事が郵便局以外には許可されないとか、日本の学校の多くは学校指定の制服を義務づけているとかいうことです。これらが自由化されれば、芸術性と多様性のあるさまざまな試みがすぐにでも生まれてくると思います。 ( n )

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