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級:★   山:nnze   年:★   月:03   週:2  苗:nnze
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題名:人間科学における根本問題は(感)

感想文の課題です。課題の長文を読んで感想文を書いてください。

課題の長文
 【1】人間科学における根本問題は、研究の対象が人間であり、それを行う主体の方も人間である、ということである。このことは、人間科学を考える上で忘れてはならないことである。しかし、「科学」という場合、われわれは、まず自然科学のことを考え、わけても物理学をその中心として考えるのではなかろうか。【2】村上陽一郎(よういちろう)は「科学」ということについて、常に深い思索(しさく)を展開してきているが、一般(いっぱん)に、科学的ということに対して、「分析(ぶんせき)的である」という暗黙(あんもく)の前提があり、このことをもう少し詳しく(くわ  )言えば、「現象を、ただ現象としてとらえるのではなく、【3】その現象を、それを成立させている何らかの要素群に分解し、その要素群が、時間―空間のなかでどのように振る舞う(ふ ま )か、その有様を記述することによって、もとの現象を説明する」ということになろう、と述べている。【4】そして、このような考えに立つ限り、物理学が科学のなかの模範(もはん)となってくるのも当然であろう、としている。
 村上の言うとおり、この方法によって近代科学はその方法論を確立し、これによって得た事象の因果関係の法則を知ることにより、人間は自然を支配するようになってきたのである。【5】近代科学の成果は取り立ててここに述べる必要がないほど、われわれは日毎にその恩恵(おんけい)を受けて生きている。このように近代科学の成果があまりにも見事であるので、近代科学による現実認識が唯一(ゆいいつ)の正しいものである、という考えが一般に(いっぱん )強くなってきたのも当然である。【6】しかし、ここでわれわれは近代科学が正しいというのと、近代科学による世界観が正しいというのを区別して考えねばならない。
 近代科学のはじまりにおいて、その方法論の根本にいわゆるデカルト―ニュートンのパラダイムがあることを忘れてはならない。【7】このことは、必ずしもデカルトやニュートンという人間がそのような世界観をもっていたことを意味するものではないが、近代科学のよって立つパラダイムを通常このように呼び習わしているのである。
 【8】デカルト―ニュートン・パラダイムにおいて最も大切なことは、明確な「切断」の機能である。自と他を切り離す(き はな )こと、精神と物質を切り離す(き はな )ことが第一の前提である。他から切り離さ(き はな )れた「自」が自と無関係に、「他」を観察する。【9】その結果わかってきたことは、「自」と無関係である故に、誰(だれ)にでも通用する普遍(ふへん)性を∵もつ。このことは実に偉大(いだい)なことである。ニュートンの見出した法則は、ニュートンという人間、イギリスという国などを超え(こ )て普遍(ふへん)的な真理としても提出できる。【0】もちろん、これに対して疑問を呈する(てい  )ことは誰(だれ)でも可能であり、その際は、ニュートンの行ったのと同じ実験を、彼(かれ)の「自」を事象から切り離す(き はな )方法を踏襲(とうしゅう)して行い、検証することができる。論理実証主義という方法論によって、ある法則の正しさが、誰(だれ)にでも何時でも、確かめることができるようになったのは、実に強力なことである。それのもつ普遍(ふへん)性というものが実に広いのである。 (中略)
 自然科学の方法および、そこから得られる結果が普遍(ふへん)性をもち、その法則があまりに有効であるので、その方法を社会科学や人文科学が借りようとするのも無理からぬことである。そして、そのような方法によってそれなりの成果を得ている。そこで、自然科学の方法を人間に対しても適用することによって、「人間科学」が発展するわけで、生命科学などはこの部類に属するであろう。このような「人間科学」は今後ますます発展してゆくであろう。しかし、これだけによって、人間の研究のすべてをつくしているとは言い難いのである。
 ここで筆者の専門とする臨床(りんしょう)心理学における例について考えてみよう。たとえば、ある非行少年に対してわれわれが「自」と「他」の区別を明らかにして、極めて客観的な研究を行った結果、その少年の非行の在り方、両親の生き方、友人の有無などから判断して、「再教育不能」と断定する。その後も客観的観察を続けたところ、確かに非行はますます悪化し、先の科学的判断は正しいことが立証される。このようなことをしても、まったくのナンセンスであることは誰(だれ)しもわかるであろう。
 このようなとき、臨床(りんしょう)家のこころみることは、前述した自然科学的態度とは異なって、その非行少年の行為(こうい)を「それを成り立たせている何らかの要素群に分解し」たりするのではなく、まず、その少年を一個の全体的な人間として、むしろ、「自」と「他」との区別をできるだけなくするようにして、彼(かれ)とのかかわりを求めてゆくことである。われわれがそのような態度で接してゆくと、その少年はあんがいに本音で話をしてくれたり、誰(だれ)にも話をしたことのない∵大切な秘密を打明けたりして、そこから、彼(かれ)が立ち直ってゆくきっかけが開かれたりする。もちろん、一度や二度の面接で事が解決することはなくて、われわれが前述のような態度で接し続けていると、彼(かれ)もだんだんと変化して立ち直ってくる。ここは、そのことについて論じる場ではないので省略するが、このような過程を記述することも、「人間の科学」であると言えないであろうか。
 キュブラー・ロスは死にゆく人を看とって、その過程として一般(いっぱん)的に言って、1死の否認、2怒り(いか )、3(神との)取り引き、4抑(よく)うつ、5死の受容、の五段階を経ることを明らかにした。彼女(かのじょ)のこのような発見は、現在においてターミナルケアをする人たちに対する重要なひとつの指針となっている。このことにしても、もしキュブラー・ロスが死んでゆく人を「客観的観察の対象」とする態度で接していたのでは、決して明らかにならなかったであろう。つまり、研究の対象である人間に対して、研究者がどのような態度をとるかによって、そこに生じる現象が異なってくるし、また、そのことこそが人間の研究にとって極めて大切なことなのである。

(河合隼雄(はやお)「人間科学の可能性」による)

項目表

項目表を参考にして、作文・感想文を書いてください。 項目の苗 小1から楽しく書ける。作文、読解、国語の通信教育。Online作文教室 言葉の森 
項目表 ゼニゴケ の苗 高3年 1~3月
目標:自然科学や時事問題のテーマを書く書き方を身につける
 ★重要・評価あり ◎重要・評価なし ○普通・評価なし 段落は大体の目安です。
第 1 段落項目キーワード説明
構成 ◎ 構成図構成図 <<構成>>構成図をかく
構成 ○ 題名の工夫題名の工夫 <<構成>>「○○な○○」「○○の○○」のように工夫
構成 ○ 四段落構成 大きく四つぐらいの部分に分けて書く
構成 ◎ 書き出しの工夫書き出しの工夫 <<構成>>会話・色・音・情景で書き出す
主題 【】★ 予測問題の主題問題 予想 予測 <<主題>>将来Aが問題になる
             ↓
第 2 段落項目キーワード説明
構成 【】★ 複数の対策一対策 <<構成>>対策としては
題材 ◎ 体験実例体験 私 わたし 僕 ぼく <<題材>>自分らしい体験実例を書く
表現 ○ たとえまるで みたい よう <<表現>>まるで…のよう
主題 ○ 途中の感想 途中で主題に関連した感想を書く
             ↓
第 3 段落項目キーワード説明
構成 【】★ 複数の対策二対策 <<構成>>対策としては
題材 【】★ 読書実例・長文実例読書 時事 長文 <<題材>>著したように、著書「○○」で
表現 ◎ ユーモア表現笑 爆 ユーモア <<表現>>ユーモアのある表現(笑)
表現 【】★ ことわざの加工ことわざ <<表現>>ことわざや名言や流行語を加工する
             ↓
第 4 段落項目キーワード説明
主題 ◎ 反対意見への理解確かに <<主題>>確かにBもよいが、しかしAが
表現 【】★ 自作名言ではなく でなく 自作名言 <<表現>>「○○とはAではなくBである。」という形の文
主題 【】★ 予測問題の主題問題 予想 予測 <<主題>>将来Aが問題になる
構成 【】★ 書き出しの結び書き出しの結び <<構成>>書き出しのキーワードを使って結ぶ

字数 ★ 1200字以上
表記 ○ 決めてくる、読みかえす書くことを決めてくる、書いたあと読み返す
表記 ★ 制限時間75分書き始めから書き終わりまで75分で
表記 ○ 構成メモ作文を書く前に構成メモを書く
表記 ○ 漢字を使う、ていねいに書く習った漢字を使いていねいに書く
表記 ○ 段落三文段落の目安は三文ぐらい
表記 ○ 一文一点読点は1文に1〜2点を目安に
表記 ○ 常体で書くした・だった・であるなどで書く練習
表記 ○ 誤字一ヶ所以内一つの作品に誤字は一つまで


課題のヒント

短期記憶(きおく)と長期記憶(きおく)
 8、5、7、3、1、2。もしこれらの数字を今もう一度くり返していって下さいといえば、きっとほとんどの人がそうできるだろう。長時間話をした後でもう一度同じことを要求すれば、今度はおそらくできないであろう。記憶(きおく)を残しておけるのはほんの短い間だけである。
 記憶(きおく)を蓄積(ちくせき)する際、脳の中で短期記憶(きおく)用――すなわち約15分から1時間――と長期記憶(きおく)用の2つのまったく異なった処理が施さ(ほどこさ)れるというのが実情のようである。多くの項目(こうもく)にわたる情報が一時的に短期記憶(きおく)用の記憶(きおく)貯蔵室に伝わる。大部分がここで切り捨てられ、ほんのわずかなものだけが長期記憶(きおく)用の記憶(きおく)貯蔵室にまで達する。記憶(きおく)がこの短期記憶(きおく)用の貯蔵室にある間は簡単に失われてしまう。例えば注意がそらされるとか――本文の最初にあげた数字の連続を覚えておられるだろうか?――例えばてんかんの発作や脳震盪(のうしんとう)などのために脳に干渉(かんしょう)が入ることによって。なぐりあいでノックアウトされた後に目が覚めて「ここはどこだ?」と尋ねる(たずねる)映画の主人公は冗談(じょうだん)をいっているのではない。もし彼(かれ)をノックアウトさせた一撃(いちげき)が本物であったとすれば、それは脳内部の電気的な処理に影響(えいきょう)を及ぼし(およぼし)、彼(かれ)の短期記憶(きおく)の蓄積(ちくせき)をこわしてしまったことであろう。しかし、永続的な長期記憶(きおく)の蓄積(ちくせき)を失ってしまうことはないだろう。いや実際、これを消し去ることはきわめて難しいのである。よく精神医学の治療(ちりょう)で、精神分析(ぶんせき)医が麻薬(まやく)や電気ショック療法(りょうほう)あるいはインシュリン療法(りょうほう)や精神分析(ぶんせき)の技術を施し(ほどこし)てそうした記憶(きおく)を取り除こうとすることがあるが、ほとんど成功しないのが普通(ふつう)である。
 実際考えてみると、記憶(きおく)はことによると人間の個人としての最も永続性のある特徴(とくちょう)であるのかもしれない。私が手足を失ったり、本物の臓器を合成樹脂(じゅし)のものに替え(かえ)られたり、あるいは形成外科手術によって顔の容貌(ようぼう)を変えたとしても、私はやはり「私」――つまり、私の脳の内部でしっかりと堅固(けんご)に保持されている過去の経験、過去の記憶(きおく)の複合体――である。これらを失ったときにはじめて私は私でなくなるのだ。 ( n )
 内容:人間科学における根本問題は、研究の対象が人間であり、それを行う主体の方も人間である、ということである。近代の自然科学は分析(ぶんせき)という方法論によって発達してきたが、人間科学は、「自」と「他」の区別を少なくすることによって逆に研究の対象に接近することができる面もある。

 解説:スプーン曲げなどの超(ちょう)能力の実験では、懐疑(かいぎ)的な人がいると実験がうまくいかないということがあるそうです。もしこれが本当だとすれば、ものごとを客観的に分析(ぶんせき)するというこれまでの方法論とはまた違っ(ちがっ)たアプローチが必要になってくるでしょう。人間が関与(かんよ)することには、こういう逆説がしばしばあるようです。物理的なこと、例えば水の流れなどでは、障害物のないほうがうまく流れることは言うまでもありませんが、人間の場合は、逆に障害物があったほうがファイトが出てきて結果としてうまく行くということもよくあります。スウェーデンの調査で、健康管理をしたグループよりも健康管理をしないグループのほうが長生きをしたという実験がありました。子供の教育に関してもその子供の過去の直線的な延長線上に未来の姿があるわけではありません。これからDNAによる病気の予防などが実用化されるようになるでしょうが、その過程で犯罪者になりやすい遺伝子や正義の味方になりやすい遺伝子なども発見されるでしょう。しかし、その遺伝子のとおりの人間になる保証はありません。むしろ、犯罪者になりやすいことを自覚した人の中にこそ立派な人が生まれるような気がします。

 しかし、今の科学はまだ分析(ぶんせき)科学のパラダイムを大きく超え(こえ)ていません。今のところ、分析(ぶんせき)科学の単純な因果関係を克服(こくふく)する可能性があるのは、確率論や統計学の分野にあるように思われますが、もしかしたら将来もっと斬新(ざんしん)な方法論が出てくるのかもしれません。 ( n )
 第一段落は、要約と意見(予測問題)。「研究対象を他から切り離す(きりはなす)デカルト・ニュートンパラダイムを否定するあまり、理詰め(りづめ)に物事を考える姿勢まで否定する傾向(けいこう)が生まれつつある。」

 第二段落はその対策と体験実例。「第一の対策としては、学校教育で、数学や物理などのデカルト・ニュートンパラダイムの基礎(きそ)をしっかりと教えることだ。私も文系を選択(せんたく)してから、急に数学と縁遠く(えんどおく)なった。」

 第三段落は対策2と読書実例。「第二には、分析(ぶんせき)的な考えと総合的な考えを統合するということである。「成功の実現」という本位よると、中村天風は、直感力の優れた人だったが、医学博士の資格を持つなど分析(ぶんせき)的な知識の裏づけも持っていた。どちらかに偏ら(かたよら)ない幅(はば)の広さが必要だということである。」

 第四段落は、反対理解と自作名言。「確かに、分析(ぶんせき)主義の行き過ぎは是正(ぜせい)する必要がある。特に現代の医療(いりょう)はいまだに、悪い部分は切り取って解決するというような発想が多い。しかし、是正(ぜせい)を急ぐあまり、分析(ぶんせき)主義の成果を無視するようなことがあってはならないだろう。人間はひとまとまりの全体だが、手と足と頭ではやはりそれぞれの役割が違う(ちがう)。違い(ちがい)を無視するのではなく、違い(ちがい)を生かした全体像を考える必要がある。「五十歩百歩」という言葉があるが、五十歩と百歩ではやはり違う(ちがう)のである。」
 ( n )