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級:★   山:nnzi   年:★   月:08   週:3  苗:nnzi
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題名:第一に、歴史においては(感)

感想文の課題です。課題の長文を読んで感想文を書いてください。

課題の長文
 【1】第一に、歴史においては、過去の事実は自然における事実と性質をことにする、ということです。過去の事実はすでに述べましたように、歴史家が直接観察したり、実験により再現することができない、一回性の「事実」です。【2】それに歴史家が到達(とうたつ)できるためには、史料といわれる証拠(しょうこ)に頼る(たよ )ほかありません。
 史料は人間の過去の行為(こうい)の記録であり、そこには記録という人間の加工が介在(かいざい)しています。【3】歴史家は、行為(こうい)者・記録者などの人間の行為(こうい)そこに表明された思想を、自己の思想により理解し識別してはじめて過去の時日に到達(とうたつ)することができるのです。【4】ですから、ジョージ・クラークに従って、「過去の知識は、ひとりあるいはそれ以上の人間の心を通じて伝えられ、かれらの手で『加工』されたものであって、したがって、何ものも変更(へんこう)を加えることができないような根源的・非人格的原子からできているということはありえない」ということができます。【5】歴史家にとって事実とは、事実一般(いっぱん)ではなく「歴史家の事実」なのです。
 「関係の客観性」の意味する第二の論点は、歴史家は時日とは完全に別の存在なのではなくて、かれ自身が「歴史過程の一部分」とである、という位置確認です。【6】歴史家は認識の対象である歴史過程の外にある存在でなくてその一部であることから、歴史的制約をうけざるをえません。あるいは、歴史家が歴史過程において占める(し  )位置から生れる「偏向(へんこう)」とか「党派性」を歴史家は免れる(まぬか  )ことができません。
 【7】そのことを意識し、自己の認識の限界不完全性をつねに自覚することによってこそ、歴史家は客観性に近づくことができるのです。そういう意識をもたない歴史家は、えてして公正とか不偏不党(ふへんふとう)を口にするのですが、じつは時代の支配的価値観の拘束(こうそく)を無自覚に受けているのです。【8】歴史認識における「偏向(へんこう)」は、客観性の否定ではなくその限界、不完全性、一時性を指示するものにすぎません。歴史家はいまでは、過去を概念的(がいねんてき)に把握(はあく)するというような大それた企て(くわだ )を意図することはありません。【9】なしうることは、過去についてなにをいうことができるか、を示すことで、そうしたつつましい限度を越える(こ  )ことはありません。【0】(中略)∵
 歴史における客観性の意味を以上のように把握(はあく)するなら、「歴史は時代とともに書き換え(か か )られる」ことの意味はより理解しやすいものになるでしょう。過去の事実は歴史家の事実であり、歴史家は歴史過程の一部である、という相互(そうご)関係にあるとすれば、過去はつねに現在、歴史家が置かれている現在に生きていることが了解(りょうかい)されるでしょう。「過去が現在に生きる歴史過程と、過去が死んで現在が生れる自然過程の区別」(コリングウッド)がこうして現れるのです。
 歴史においては、過去において.「既知(きち)」とされたものが時代の変化によって「未知」へと転化すること、歴史の目的は、単に新しい事実の収集にあるのではなく、「未知」へと転化した主題を証拠(しょうこ)と推論によって解明することを目指すことが、ここに理解されるでしょう。この点において歴史家も科学者も違い(ちが )はありません。しかし歴史過程においては自然過程とは違っ(ちが )て過去が現在に生きつづけます。過去はつねに新しい文脈のなかで問い直されるのです。(中略)
 このようにいうことは、決して歴史懐疑(かいぎ)論への同調を意味するのではなく、「歴史家自身が自身の研究対象たる過程の一部であり、同過程中にかれ独自の位置を保持し、現在の瞬間(しゅんかん)においてかれが占有(せんゆう)している観点からのみ同過程を見ることができる」という歴史認識の特殊(とくしゅ)性を指示するにすぎません。歴史が時代とともに書き直されるという命題は、歴史が単なる過去の記憶(きおく)ではなく、あるいは、歴史家の偏見(へんけん)と憶測(おくそく)の産物でもなく、時代が新たに提起する問題を証拠(しょうこ)と推論によって解決する学問的認識方法のひとつであるとする規定になんら背反するものではありません。

(E.H.Carr(一八九二〜一九八二) イギリスの歴史家)

項目表

項目表を参考にして、作文・感想文を書いてください。 項目の苗 小1から楽しく書ける。作文、読解、国語の通信教育。Online作文教室 言葉の森 
項目表 ジンチョウゲ の苗 高3年 7~9月
目標:自然科学や時事問題のテーマを書く書き方を身につける
 ★重要・評価あり ◎重要・評価なし ○普通・評価なし 段落は大体の目安です。
第 1 段落項目キーワード説明
構成 ◎ 構成図構成図 <<構成>>構成図をかく
構成 ○ 四段落構成 大きく四つぐらいの部分に分けて書く
構成 【】★ 書き出しの工夫書き出しの工夫 <<構成>>会話・色・音・情景で書き出す
主題 【】★ 予測問題の主題問題 予想 予測 <<主題>>将来Aが問題になる
             ↓
第 2 段落項目キーワード説明
構成 【】★ 複数の対策一対策 <<構成>>対策としては
題材 【】★ 体験実例体験 私 わたし 僕 ぼく <<題材>>自分らしい体験実例を書く
表現 ○ たとえまるで みたい よう <<表現>>まるで…のよう
主題 ○ 途中の感想 途中で主題に関連した感想を書く
             ↓
第 3 段落項目キーワード説明
構成 【】★ 複数の対策二対策 <<構成>>対策としては
題材 ◎ 読書実例・長文実例読書 時事 長文 <<題材>>著したように、著書「○○」で
表現 【】★ ユーモア表現笑 爆 ユーモア <<表現>>ユーモアのある表現(笑)
表現 ◎ ことわざの加工ことわざ <<表現>>ことわざや名言や流行語を加工する
             ↓
第 4 段落項目キーワード説明
主題 【】★ 反対意見への理解確かに <<主題>>確かにBもよいが、しかしAが
表現 【】★ 自作名言ではなく でなく 自作名言 <<表現>>「○○とはAではなくBである。」という形の文
主題 【】★ 予測問題の主題問題 予想 予測 <<主題>>将来Aが問題になる
構成 ◎ 書き出しの結び書き出しの結び <<構成>>書き出しのキーワードを使って結ぶ

字数 ★ 800字以上
表記 ○ 決めてくる、読みかえす書くことを決めてくる、書いたあと読み返す
表記 ★ 制限時間75分書き始めから書き終わりまで75分で
表記 ○ 構成メモ作文を書く前に構成メモを書く
表記 ○ 漢字を使う、ていねいに書く習った漢字を使いていねいに書く
表記 ○ 段落三文段落の目安は三文ぐらい
表記 ○ 一文一点読点は1文に1〜2点を目安に
表記 ○ 常体で書くした・だった・であるなどで書く練習
表記 ○ 誤字一ヶ所以内一つの作品に誤字は一つまで


課題のヒント

 ほとんどの人にとって読書が知的でもない楽しみとなり、同時に、出版業者の印刷機から絶え間のない滝(たき)のように書物がふり注ぐ時代にあっては、その目的を果たすには書物はかろうじて一度読むに堪える(こたえる)ものでありさえすればよい。読み返される必要はなく、将来の楽しみのもととして頭に残る必要もない。だから書物が記憶(きおく)にとどまるかどうかは問題ではなくなっている。ところが、文学は記憶(きおく)にとどまらないとき何の価値もないものである。想像の楽しみを民間伝承の文学に仰い(あおい)でいるまったくの文盲(もんもう)は、だから、忘れ去ってしまう小説を手に入るからというだけで読む半文盲(もんもう)よりもずっと幸福だ。口頭伝承の文学は頭に残らなければならない、そうでないと忘れられてしまうからである。だが今日の文字文学のほとんどは忘れられるという予想のもとに出版される。次のシーズンのリストと入れ代わるためである。これが、現代の書物は「古典」とは種類が違う(ちがう)という感じのする理由の一つである。
 実は識字能力自体は手段であって目的ではなく、良いことにも悪いことにも、どちらでもないことにも利用されうる。書物も実にさまざまな理由で読まれうる。だが、書物を読む理由こそが書物の読み方を決定し、ある程度、書物から得ることのできる啓発(けいはつ)の程度を決定する。書物はすべて楽しみのために読まれなければならないのはもちろんであるが、「楽しみ」という語は意味が多すぎてここで役立つ語ではない。楽しみには種類が多く、知的なものもそうでないのもある。それに、知的な楽しみの種類もいろいろある。文学の鑑賞(かんしょう)はごく特殊(とくしゅ)な種類の知的楽しみを含み(ふくみ)、そこでは知的な要素が直接顕現(けんげん)されているとは限らないし、そこでは評論家が想像力と呼ぶようになった能力は複雑で必ずしも定められない役割を演ずる。読む力だけではその種の楽しみを味わうことができるという保証にならない。実際読む力はその種の楽しみとは特別何のつながりもない。ただし、読む力はその種の楽しみがわかる人に伝える技術を提供するというだけである。愛国心と同じように、識字能力はそれだけでは駄目(だめ)なのである。 ( n )
 内容:歴史における事実とは、自然科学における事実とは異なり、記録者によって加工され、歴史家の認識の不完全性によって制約された事実である。歴史は時代とともに書き換え(かきかえ)られる。
 解説:例えば、太平洋戦争に対する評価は、戦争中の「聖戦」から、戦後の「侵略(しんりゃく)戦争」へ、そして最近人によっては「防衛のためのやむをえざる戦争」へと何度か書き換え(かきかえ)られています。もちろんこれからも書き換え(かきかえ)られるでしょう。明智光秀(みつひで)の評価や田沼(たぬま)意次の評価も、論者によって百八十度違う(ちがう)考え方が提示されています。これは新たに資料が発見されたというところから変わるだけでなく、歴史家のものの見方が変わることによって変わる場合もかなりあります。
 歴史を学ぶ際には、「イイクニ作ろう鎌倉(かまくら)幕府」のようなことばかり覚えるのではなく、今学んでいる歴史が、新しい歴史観によって今後書きかえられる可能性のある歴史だと考えていく視点が大切です。
 日本では戦前、国土が狭く(せまく)資源の少ないことが国の弱点であると考えられてきました。しかし、今はその国土の狭(せま)さが高密度のネットワーク社会を生み、資源の少なさが国内資源の制約なしに世界から自由に資源を輸入できる体制のもとになったと評価されています。もし、日本の国土が北はアリューシャン列島から南はミクロネシアの島々まで広がっていたとしたら、宅急便の全国サービスは大幅(おおはば)に遅れ(おくれ)たでしょうし、日本の国から大量の石油が出るような状態だったら新しいクリーンなエネルギーの開発は今よりもずっと遅れ(おくれ)ていたでしょう。
 歴史学という分野だけに限定せず、大きくものの見方の問題として考えていきましょう。ものごとは固定的に見るのではなく、発展の過程として見ることが大切です。子供の成長でも、そのときだけの固定した時点で考えるのであれば、けがも病気も失敗もしないにこしたことはありません。しかし、将来大人へと成長するためのひとつの発展途上(とじょう)の過程として子供時代を見るならば、けがや病気や失敗は、むしろうまくしておいた方がいいとも言えるものです。 ( n )
 第一段落は、状況(じょうきょう)実例。「歴史は、自然科学のような事実ではなく、歴史家の主観によって書き換え(かきかえ)られる事実である。例えば、太平洋戦争も……。歴史を固定した事実のように見る見方があるのは問題だ。」
 第二段落は、その対策。「対策の一つは、異なる歴史観があることを知る機会を作ることだ。歴史というほど大きなことではないが、私も他の人との見方の違い(ちがい)を知って視野が広くなった思い出がある。それは……。」
 第三段落は、対策2。「また、もう一つの対策として、誤解を恐れ(おそれ)ずに、自分の見方を表明できる場を作ることも必要だ。その点、インターネットは、……。」
 第四段落は、反対理解とまとめ。「確かに、客観的な事実にもとづくことは大切だ。しかし、歴史は単なる事実の積み重ねではなく……」 ( n )
 「歴史を固定された事実としてとらえてしまう」背景として挙げられるのは、教育環境(かんきょう)が挙げられるでしょう。歴史の授業では、一方向から捉え(とらえ)た史実しか扱わ(あつかわ)ないことが多いですね。昔、台湾(たいわん)の小学校を訪れたときに、社会科の教科書を見せてもらう機会があったのですが、太平洋戦争のことが、日本で教えてもらったこととあまりに違う(ちがう)書かれ方をしているのに驚い(おどろい)たことがあります。一つの出来事を色々な方向から見られる視野の広さを養う必要があるのではないでしょうか。
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