作文検定送信フォーム
題名と本文を書き、「点数を見る」のボタンを押してください。
題名:われわれ自身は必ずしも意識して(感)
感想文の課題です。課題の長文を読んで感想文を書いてください。
課題の長文
【1】われわれ自身は必ずしも意識していないかも知れないが、例えば「スミマセン」という表現は不思議だと感じられることがある。この表現は英語で言えば「Thank you」と「I am sorry」といういずれの表現の使われる場合にも用いられるが、【2】一方は「お礼」、他方は「お詫び ( わ ) 」の表現であり、そのように一見相反するとも思えるものが同じことばで表されるのは不可解だというわけである。しかし、われわれ自身がこれらの表現を使う時の気持を少し意識的に内省してみればすぐ分かる通り、【3】相手から何か好意あることをしてもらうことは有難い(Thank you)と同時に、負担をかけたという意味で申し訳ない(I am sorry)ことであり、こちらからもそれに応える何かをお返しするまでは事はすまないし、自分の気持ちもすまない――ということで、日本語にはそれなりの論理が背後にあるわけである。
【4】あるいは、このような例はどうであろうか。英語では、「I am cold」「You are cold」「He is cold」は、どれも同じように普通 ( ふつう ) の自然な表現である。ところが日本語だと、「ボクハ寒イ」はよいが、「君ハ寒イ」、「彼 ( かれ ) ハ寒イ」というのは不自然に聞こえる。【5】一見、日本語の方は筋が通っていないように思えるが、それなりの論理は背後にある。つまり、寒いと感じるのは本人の感覚であり、それを本当の意味で体験できるのはその本人だけである。したがって、自分の寒いのは自分で分かるから良いが、同じことは他人についてはできないはず、というわけである。【6】「君(彼 ( かれ ) )ハ寒イ」などという表現を聞くと、何となく差し出がましいことを言っているという印象を受けるのもそのためである。(本人が寒いということは、本人以外にはその内的な感覚が外からも知覚できるような形で現れて初めて分かることである。【7】「君(彼 ( かれ ) )ハ寒ガッテイル」ならば不自然でなくなるのは、そのためである。)
この種の例は言語のいろいろな面で、またいろいろな抽象 ( ちゅうしょう ) 度で、見出し議論することが可能である。そこで見出される特徴 ( とくちょう ) も、この言語特有のものから、どの言語にも普遍 ( ふへん ) 的なものに至るまで、さまざまな段階のものがあろう。【8】そして、また、それぞれの特徴 ( とくちょう ) の持っている文化的な意味合いもさまざまであろう。それは、言語を使う人間が一方では自分なりの創造をすることのできる文化的存在であり、同時に、他方では生物学的存在として生理的・∵心理的に(例えば、発声・調音器官の構造の類似、記憶 ( きおく ) 力の限界など)共通の制約を有しているからである。
【9】しかし、いずれにせよ、一つの言語を習得して身につけるということは、その言語圏 ( けん ) の文化の価値体系を身につけ、何をどのように捉える ( とら ) かに関して一つの枠組み ( わくぐ ) を与え ( あた ) られるということである。【0】(その意味で、一つの言語を習得するということは一つの「イデオロギー」を身につけることなのである。)そこで身につけられる価値体系やものの捉え ( とら ) 方の枠組み ( わくぐ ) は、決してそこから抜け出せ ( ぬ だ ) ないといった性格のものではない。しかし、われわれがとりわけ日常的なレベルで、それらを「自然」なものとして受け入れている限りにおいて、自らの身につけている言語によって、ある一つの方向づけをされているのではないか。しかも、われわれ自身はそれに必ずしも気づいていないのではないか。もしそうだとすると、この点における言語の働きは、人間という存在にとって「無意識」の働きにもある程度類比できるのではないか。いや、むしろ、「無意識」の方がいろいろな意味でその働きを言語に負っているのではないか。こういった反省にまで進んでいくことになるのである。
(池上嘉彦 ( よしひこ ) 「記号論への招待」)
項目表
項目表を参考にして、作文・感想文を書いてください。
項目の苗 小1から楽しく書ける。作文、読解、国語の通信教育。Online作文教室 言葉の森
項目表 レンギョウ の苗 中3年 1~3月
目標:象徴的な題名を主題化する書き方を身につける
★重要・評価あり ◎重要・評価なし ○普通・評価なし 段落は大体の目安です。
↓
↓
↓
課題のヒント
私がティーンエイジャー(=13歳 ( さい ) 〜19歳 ( さい ) )だったころのこと、父と私はサーカスの入場券を買うために並んで立っていた。やっと、私たちと券売所の間にいるのが1組の家族連れだけになった。この家族に私は強い印象を受けた。8人の子どもがいたが、全員が12歳 ( さい ) 未満に思われた。私には、彼ら ( かれら ) があまり裕福 ( ゆうふく ) ではないことがわかった。彼ら ( かれら ) の服は高価なものではなかったが、清潔だった。子どもたちはおとなしく手をつないで、両親の後ろに2人ずつ並んで立っていた。子どもたちは興奮していた。彼ら ( かれら ) は、その夜目にするであろう道化師や象やそのほかの出し物のことを話していた。私には、その子どもたちが生まれて初めてサーカスに来たのだと(容易に)想像できた。
その興奮した一団の先頭に父親と母親がいた。母親は夫の手を握りしめ ( にぎりしめ ) 、彼 ( かれ ) の顔を見上げていた。父親はほほ笑みながら、誇らしげ ( ほこらしげ ) に妻を見つめていた。2人とも幸せそうに見えた。
特売所の女性が父親に言った。「お客様、券は何枚でしょうか?」
彼 ( かれ ) は堂々と答えた。「子ども8枚と大人2枚、お願いします。」
券売所の女性がその値段を言った。
母親がうなだれた。父親の唇 ( くちびる ) が震え ( ふるえ ) 出した。彼 ( かれ ) は券売所の女性にさらに近付いて、「いくらと言ったのですか?」と尋ね ( たずね ) た。
彼女 ( かのじょ ) はもう一度その値段を繰り返し ( くりかえし ) た。
この男性は十分なお金を持っていなかったのだ。
ことの成り行きを見ていた私の父が、ポケットに手を入れて20ドル札を1枚取り出すと、それを地面に落とした。それから、かがんでその札を拾い上げ、男性の肩 ( かた ) を叩いてこう言った。「失礼ですが、これがあなたのポケットから落ちましたよ」
男性はことの成り行き(=父の意図)を悟っ ( さとっ ) た。彼 ( かれ ) は父にお金をくださいと口に出して頼み ( たのみ ) はしなかったが、間違い ( まちがい ) なく父の援助 ( えんじょ ) に感謝をしていた。彼 ( かれ ) は父の目をまっすぐ見つめ、その手を両手で握りしめ ( にぎりしめ ) て、20ドル札を受け取った。男性の唇 ( くちびる ) が震え ( ふるえ ) 、頬 ( ほお ) に涙 ( なみだ ) が伝った。彼 ( かれ ) は言った。「ありがとうございます。ありがとうございます。これは私と家族の者にとって本当にありがたいものです」
父と私は車に戻っ ( もどっ ) て、家へ帰った。その夜、私たちはサーカスには行けなかったが、それでも満ち足りた気持ちだった。 ( n )
内容:ひとつの言語を習得して身につけるということは、その言語圏 ( けん ) の文化の価値体系を身につけることである。しかし、われわれはそれに必ずしも気づいていない。
解説:「スミマセン」という言葉は、よく使われます。「ありがとう」と「ごめんなさい」の二つのニュアンスが合体した表現というのはどこでも使えて便利ですね。「これ、やっといてあげたよ」「あ、すいません」。「このプレゼント、君にあげよう」「あ、すいません」。「ところで、煙草 ( たばこ ) 、すうかい」「あ、すいません」「どっちだ」なんてね。
こういう「スミマセン」というような言葉を使って暮らしていると、だんだん、周りの人に迷惑 ( めいわく ) をかけないように謙虚 ( けんきょ ) に控えめ ( ひかえめ ) に生きていくのが美徳だという日本的な価値観を知らず知らずに身につけていくのかもしれません。似たような表現に、「これ、つまらないものですが…」というのもありますね。
「どうも、どうも。いやあ、ちょっとそこまで」なども日本的な表現で、この言葉を使っていると、あいまいにお茶を濁し ( にごし ) ておくのが立派な大人で、白黒をはっきりさせるのは野暮だという気になってくるでしょう。
自分の使っている言葉がどういう価値観に基づいているかということはなかなか自覚できませんが、世界には異なる言語=価値観を持っている人がいるのだということを折りに触れ ( ふれ ) て考えてみることが大切なのでしょう。 ( n )
第一段落は、要約と意見。「言葉の背後には、その言語圏 ( けん ) の文化がある。日本語を使うとき、私たちは自然と日本的な文化を通して物事を見ることになる。そのことを深く自覚していく必要がある。例えば、日本には「『これはつまらないものですが』という言い方がある。謙虚 ( けんきょ ) なことはいいことだが、もっと自分に自信を持った生き方をしていきたい。」
第二段落は、そのための方法。「そのためには、第一に、失敗や批判を恐れ ( おそれ ) ないことだ。謙虚 ( けんきょ ) さの背後には、批判を恐れる ( おそれる ) 気持ちがある。何事に対しても、私は全力でがんばったと言えるようにしていきたい。」
第三段落は、方法2。「また、もう一つには、積極的に海外の人と交流する中で、日本文化の狭い ( せまい ) 枠 ( わく ) にとらわれない考え方を身につけていくことだ。伝記によれば、福沢 ( ふくさわ ) 諭吉 ( ゆきち ) は、学校の中での生徒の先生に対する形式ばったあいさつを省略するなど、合理的な考えを持っていた。これも書物を通して外国の物の見方に触れ ( ふれ ) たからであろう。」
第四段落は、反対理解と意見。「確かに、それぞれの文化の個性を守ることは大事だ。しかし、それが無自覚に行われているのであってはならない。『自分が考えるとおりに生きなければならない。そうでないと、ついには自分が生きたとおりに考えるようになってしまう』という言葉がある。日本の文化の中で生きていると、自然に日本的な考えが当たり前だと思ってしまう。もっと大きな視野で自分を見直すことが必要である。」
( n )
「海外の人と積極的に交流することで、広い視野を身につける」というところでの伝記実例。
江戸 ( えど ) 時代、遭難 ( そうなん ) したことによって、偶然 ( ぐうぜん ) アメリカに渡っ ( わたっ ) たジョン万次郎 ( じょんまんじろう ) は、初めて世界地図を目にして日本の小ささに驚い ( おどろい ) たと言われています。彼 ( かれ ) は、英語だけでなく、民主主義や男女平等の考え方までも学んだそうです。その頃 ( ころ ) の日本人には考えられないことですね。
日本に帰ったジョン万次郎 ( じょんまんじろう ) は、坂本龍馬にも強い影響 ( えいきょう ) を与え ( あたえ ) たと言われています。まさに、幕末の陰 ( かげ ) の立て役者。彼 ( かれ ) が積極的にアメリカの考え方を学んだことで、広い視野で物事を考えられるようになったのは言うまでもないことですね。 ( m )
作文検定の課題はこちらです。▶
課題
受検者コード・パスワードを入れると該当する課題が表示されます。
講評を作成中です。しばらくお待ちください。