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題名:イロリの社交は、家族結合の(感)
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課題の長文
【1】イロリの社交は、家族結合の社交であった。一家団欒ということばは言うまでもなく家族がおなじ火をかこんでいることを指した。ひとつの火を通じて心がかよいあう。そういう不思議な力を火はもっていた。家族だけではない。【2】客人もまた、おなじ火をかこむことで、他人ではなくなる。火は人間を近づけるのである。若者たちが夏の山や海で火を燃やしてひらくファイヤー・ストームなども、まさしく火による人間結合の現代的なあらわれのひとつであろう。
【3】イロリの社交には、秩序があった。よく知られているように、イロリの四辺には誰がどうすわるかについての約束事がある。土間に面していちばん奥の辺は横座である。そこには戸主以外の人間がすわってはいけない。【4】横座からみて左がわの辺にすわるのは主婦によって代表される家の女たちである。この座席はカカ座などと呼ばれる。そして客人の席、すなわち客座は横座からみて右、横座の正面は使用人や場合によっては嫁の座る下座――そんなふうに席の割りふりがきまっていたのである。【5】こんにち、比喩的に、たとえば「主婦の座」というようなことばが使われるのは、このようなイロリの座の割りつけから延長されたものだと考えてよいだろう。
それぞれの座がきめられ、冬の夜などイロリをかこんで世間話がつづく。【6】火を共有しているという事実が、そして、ときにはバチバチと音をたてて燃える炎が、いわばその世間話の背景音のようなものになる。火は、家庭の健在をしめす象徴なのでもあった。
これとまったくおなじことが、西洋でも考えられる。【7】かつてマーガレット・ミードはフランス文化を論じて、フランス文化の基本になっているモチーフはFoyerであるといった。このフォアイエというのは、一家団欒を意味し、同時に火床を意味することばだ。【8】同一の火床ないしは暖炉を共有する家族の結合がかたいのである。
フランスだけではない。ヨーロッパやアメリカの住宅で中流以上といういささかゆとりのある家にはたいてい暖炉がある。【9】そして、こんにちでは、ちゃんと中央管理暖房がゆきとどいているにもかかわらず、ときどき暖炉に薪をくべて火の共有の事実を演出するのである。じっさい、イロリと暖炉はその機能においてきわめて類似している。∵【0】もちろん、火をまんなかにしてかこむイロリと火にむかって半月型にならぶ暖炉とでは、社会構造は少し違うかもしれない。だが、おなじ火のぬくもりと光を受けることのできる場を家庭の象徴とすることは、たぶん東西共通なのである。
火が人間を接近させ、親密さを強める効果をもっていることをわれわれは直観的に知っている。ラジオが大衆化したとき、アメリカの大統領F・ルーズベルトは、定期的な「炉辺談話」番組で国民に親しく話しかけた。番組の題名にある「炉辺」ということばだけで大統領と国民はぐんとその距離を縮めることができたのだ。(中略)
火の共有による親密な人間関係は、調理の火を考えてみればよくわかる。「同じ釜の飯を食った」関係、というのは、遠慮のない親しい関係ということだ。おなじ火で調理されたものを飲食するというのは、暖房や照明の火の共有よりもさらに深い共通感覚を人間たちに与える。
カマドをわける、あるいは別火にするというのは、人間のまじわりの単位をわける、ということである。調理の火の共有、それは人間をつなぐ基本的に重要な文化項目であった。
この点でも、日本文化はいろんな工夫を凝らし、それに美的洗練をあたえつづけてきたように思える。たとえばさまざまな鍋料理。それは、人間が共通の火で調理されたものをわかちあうことで親密さをつくりあげてゆくためのすばらしい知恵であった。
茶の湯もまた、ある意味で火の共有を象徴する社交の形態であった。小さな風炉とカマ、そこからまさしく茶の湯がうまれる。茶会はおなじカマからつくられた、おなじ味覚を共有する深い人間関係を形成してゆくのである。暖房、照明、調理、それらは、いずれも人間生活にとってきわめて実用的な火の機能である。だが、人間はそういう実用性を超えて、火を人間関係調整の手段としても展開させてきたのであつた。火の管理はたんに物理現象としての火を管理するというだけでなく、その火をめぐる人間集団の管理をもふくむものであった。
(加藤秀俊「暮らしの思想」より)
項目表
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項目の苗 小1から楽しく書ける。作文、読解、国語の通信教育。Online作文教室 言葉の森
項目表 レンギョウ の苗 中3年 1~3月
目標:象徴的な題名を主題化する書き方を身につける
★重要・評価あり ◎重要・評価なし ○普通・評価なし 段落は大体の目安です。
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課題のヒント
「なぜ」という短い単語は、私がまだほんの子どもで、あまりじょうずに話すことさえできなかったころから、ずっと私にとってはとても強烈な単語だった。幼い子どもがあらゆることについて質問をするのは、世の中のすべてのことをあまりよく知っているわけではないからである、というのは周知の事実である。これは私に関しても、とてもよく当てはまることであったが、私は成長してからでさえ、あらゆる質問をしたくてうずうずしていた。その質問がたとえ、答えの出るものであろうとなかろうと。このこと自体はそれほどひどいことではなかったと思うが、両親は本当に私の質問の1つ1つに辛抱強く答えようとしてくれた。そしてついに……私は見知らぬ人に質問をせがんで困らせるようにさえなった。そして彼らは概して、「子どもの尽きることのない質問」を歓迎しないのである。このことが彼らを怒らせる場合もあることは認めなければならないが、「聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥」ということわざがあると自分に言い聞かせて納得しているのである。だが、このことわざは完全に正しいとはいえないだろう。完全に正しいのならば、私は今ごろ大学教授になっているからである。
私も大人になると、あらゆる人にあらゆる質問ができるわけではなく、答えることのできない「なぜ」も多く存在することに気付いた。このことからその後私が理解したのは、こうした疑問を自分で考え始めることが、自分を助けることにつながるということだった。こうして、人に尋ねてはならない疑問は自分で解決できるという重要な発見をするに至ったのだ。したがって、「なぜ」という短い単語は私に尋ねることばかりでなく考えることも教えてくれた、といえるのである。 ( n )
内容:イロリの社交は、家族結合の社交であった。ひとつの火を通じて心がかよいあう。そういう不思議な力を火はもっていた。火が人間を接近させ、親密さを強める効果をもっていることをわれわれは直観的に知っている。火の共有による親密な人間関係に関して、日本文化はいろんな工夫を凝らしてきた。人間は実用性を超えて、火を人間関係調整の手段としても展開させてきたのであつた。
解説:冬になると、家族みんなで鍋をつついて食事をとるという家庭も多いでしょう。夏になると、河原でバーベキューパーティーをするというところもあるでしょう。火を囲んで話をすると、お互いにぐっと近しい関係になった気がします。文化祭のあと、校庭で火を囲んだ体験を思い出す人もいるかもしれません。水くさい関係というのは、火を囲んだ関係の反対です。(ホントかいな)
人間は「1+1=2」という合理的な関係だけで生きているわけではありません。食事もただ食べればいいというだけで、家族が一人一人ばらばらに、自分の好きなときにレンジでチンという食べ方をしていたのでは味気ないでしょう。やはり、みんなで食卓を囲んで食べるところに味わいがあります。
火を囲むという、一見合理的には説明のつかない人間の心を大切にするような生き方をしていきたい、というかたちで意見を考えていくといいでしょう。 ( n )
第一段落は要約と生き方の主題。「火は人間の心を和ませてくれる。私たちはこのような非合理的な気持ちも大切にして生きていくべきではないか。」
第二段落はその方法と体験実例。「そのためには第一に、自分の心の声に耳を傾けることである(方法)。私も、ものを買うときは直感で感じのいいものを選ぶことが多い。値段や理屈で選ぶとあとから後悔することがあるが、感覚で選ぶと飽きが来ない。」
第三段落は、方法2と伝記実例。「また、社会の仕組みも、非合理なものを大事にするような余裕のあるものにするべきだ。この長文にもあるように、ルーズベルトは暖炉の近くでアメリカ国民に語りかけた(伝記)。日本の首相も、囲炉裏を囲んで国民に語りかけると受けるかもしれない(笑)。」
第四段落は、反対理解と名言の引用。「確かに、熱や光を取るという目的がはっきりしているときに、合理的にその目的にかなった手段を選択することは大切だ。しかし、私たちはもっと非合理的な気持ちも大事にしていくべきではないだろうか。」「雑草とは、まだ、その美点が発見されていない植物のことである」「非合理的なものの美点を私も発見したい。」
( n )
第三段落 伝記実例
長文の最後の段落には「茶の湯」のことが書かれています。茶の湯といえば、忘れてはならない名前は千利休ですね。戦国時代から安土桃山時代に活躍した茶人で、わび茶の完成者として知られています。
一期一会という四字熟語は、千利休が弟子に言った言葉だそうです。人と人との出会いは一生に一度限りのものだから、大切にしなければならないといった意味で使われます。が、もともとは茶の湯で、茶会に臨む際に、その機会は二度と繰り返されることのない一生に一度の出会いだと心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くすべきだという心構えを表わしたものだそうです。
火を間にして、火をうまく調節してほどよい加減を計りつつ、人と人との出会いやつながりを利休はとても大切にしたのですね。 ( s )

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