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題名:一つの集団は(感)
感想文の課題です。課題の長文を読んで感想文を書いてください。
課題の長文
【1】一つの集団は、一人の裏切者と、一人の犠牲者を生み出すことによって完成される。つまりその時、集団は論理的に構成されるのである。キリストとユダの伝説が、私にこのヒントを与えてくれた。【2】恐らくあの十三人は、対人関係を独立したメカニズムとして純粋培養するためのベテラン達だったのであり、またそうせざるを得ない環境におかれていたのだろう。(中略)
私は、はじめにキリストがあって、そこに十二人が従ったという説を、ほぼ信じない。【3】まず、変転としてとらえどころのない奇妙な関係の中に十三人が居たのであり、それが果てしない放浪の末に、ユダとキリストを生むことによって、一つの「関係」として完成されたのである。
ユダもキリストも、それぞれがそれぞれを含む「十三人目」だったに違いないと、私は考えている。【4】そして、何よりも、ユダが「裏切者」として発明されることによってはじめて、キリストが「犠牲者」となり得たのであろう。新約時代、彼等十三人が為した最大のことは、「裏切者」としてのユダを発明したことであり、むしろキリストを発明したことではなかったのではないかと、私は考えているのだ。(中略)
【5】創世記に、アブラハムについての奇妙なエピソードが語られている。「神はアブラハムを試みて言われた。『アブラハムよ、あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で、彼をささげなさい』(中略)【6】彼らが神の示された場所にきたとき、アブラハムは、そこに祭壇を築き、たきぎを並べ、その子イサクを縛って祭壇のたき木の上にのせた。そしてアブラハムが手を差しのべ、刃物をとってその子を殺そうとした時、主の使が天から彼を呼んで言った。【7】『アブラハムよ、わらべに手をかけてはいけない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえわたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った』」(第三十二章)∵
【8】ここから、私は「裏切者」がやがて発明されねばならないという予感を読み取れそうな気がする。このアブラハムの、神に対して一方的にのめりこんでゆく無気味な心情は、恐らく一方で自らのうちに「裏切者」を用意しそれに対する憎悪で相殺され、安定する事を期待するに違いないからである。【9】つまり、この一方に「裏切者」が存在する事によってはじめて、わが子を殺すという行為は、アブラハムに於て自己完結するからである。「裏切者」とは集団の対人関係の、独立して自己完結しようとするメカニズムが必然的に生み出す、ある形態である。【0】集団は、「神に対するおそれ」というとめどもなく一方的な不安定な心情を、「裏切者」によって、緊張しあう安定したものにすることが出来る。「裏切者」というのは絶対的な悪ではない。「裏切る」という行為は相対的なものであり、従って集団は永遠にそれを対象化することが出来ない。故にそれは、集団の内部を律するメカニズムを持続的に緊張させつづけることが出来るのである。
新約によれば、キリストは、彼を死刑にした外部勢力に対してよりも、ユダに対して緊張しあっている。つまり、その時、その集団は、外部勢力に対して拮抗することではなく、集団として自己完結することを選びつつあったのであり、そのために自ら「裏切者」を用意してみせたのであろう。
言うまでもなく、集団が自己完結を目指すのは、集団が衰弱しはじめている証拠である。しかし、集団は常に、いつかは衰弱期を迎えるものであり、自己完結することを目指すのである。現に今でも「裏切者」と「犠牲者」によって自己完結を目指しつつある集団をたびたび目にする事ができる。一つの集団を律する原理は、新約時代からちっとも進歩していないのかもしれないのだ。
(別役実「電信柱のある宇宙」から)
項目表
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項目の苗 小1から楽しく書ける。作文、読解、国語の通信教育。Online作文教室 言葉の森
項目表 ワタスゲ の苗 高1年 4~6月
目標:人文科学のテーマを書く書き方を身につける
★重要・評価あり ◎重要・評価なし ○普通・評価なし 段落は大体の目安です。
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課題のヒント
input-buffer overflow. The line is split. use -b #SIZE option. 夫と妻の間での家事の厳密な区分は、西洋の国々では薄れつつあると主張する社会学者がいる。家族構造は、女性の役割と男性の役割が、より均等なものになっていくように発達しているというのである。家庭での従来の役割を果たすことに加えて、家庭外で働く女性が以前より多くなっている。そして、男性は家庭への関与を増す一方で勤労の義務は保っている。この均等な家族形態は、将来の家族組織のうちで最も多い形態だと考えられている。家事と賃金労働という2つの分野への夫と妻の関与の均等化への動きを暗示しているのである。
このような見解は、マスメディアでみられるように現在の家族生活像の中で一般的にあるものである。この家族像は、社会経済のある2つの傾向の解釈に基づいている。まず、賃金労働をする女性の数は大幅に増加したので、ある程度家事を分担することは、今ではまったく普通のことだといわれている。次に、家庭内に科学技術が増大したことによって、女性の家事から退屈な労働が取り除かれ、家事を遂行する時間が大幅に短縮され、ほとんどの仕事が、家族の誰でもできるほど簡単なものになったと考えられている。このような説明は、家族形態が均等化し、性別に基づく労働の家庭内での分業が次第に崩壊していくための条件を提示しているようにみえる。
しかし、この意見は広く受け入れられてきたものの、膨大な量の具体的実態調査によると、それとは異なった見解が示唆されてくる。この調査実態には2種類ある。アメリカ人の生活時間配分の調査と、主としてイギリスに始まった、家事と主婦についての社会学的調査および研究である。
近年、生活時間配分についてのいくつかの研究で、家事と、賃金労働や余暇などのその他の活動に費やされる時間が計測された。そういった調査には・一般に、調査の対象者に何日間かにわたって特定の時間帯の活動を記録するよう頼んだり、日記をつけて行った仕事の数と性質、およびそれぞれに費やした時間の総計を記録してもらう、といったことが含まれている。その結果得た結論には、際立った一貫性があった。
例えば、1960年代後半に完了した調査によると、家庭外に仕事のない女性は、食事の準備をしたり食後の後片付けをしたり、洗濯をしたり、家を掃除して整頓したり、子供や家族の世話をしたり、買い物をしたりといった活動で、毎週平均57時間働くということがわかる。もっと新しい調査では、主婦は給料をもらって雇われていると仮定したら、必ずフルタイム労働とみなされるだろうと思われるのと同じ程度の時間を家事に費やしているとわかる。
勤めに出ている女性の場合、給料をもらう労働が増えるにつれて、家事に費やす時間は減るが、全体としての週当たり労働時間は長くなるようである。週30時間以上の勤めに出ている女性は、合計で76時間働いているが、これには家事に費やされる平均33時間が含まれている。にもかかわらず、週当たり労働時間の最も長い妻をもつ夫は、自らは最も短い週当たり労働時間の持ち主なのである。勤めに出ている妻をもつ夫は、専業主婦の夫たちと同じく、家事に時間を費やさない。女性の賃金労働に対する夫側の関心が一見このように欠如しているようにみえることは、アメリカの3500組の夫婦についての調査を含む他の調査によって裏づけられている。勤めに出ている妻は、夫あるいは専業主婦のいずれよりも労働時間が長かった。彼女たちはまた、平日に家事に当てる時間の倍の時間を、自分の休みの日に家事をするのに費やした。その一方、夫は、さらには専業主婦ですらも、週末の余暇は増加した。
家族の中に非常に幼い子供や多くの子供がいると、この負担は増す。いずれの場合にも、妻の週当たり労働時間は、家族の要求を満たすために伸びる。調査によれば、1歳末満の子供をかかえる家庭の場合、専業主婦は週70時間近くを家事に費やしており、このうち30時間近くが子供の世話に費やされている。典型的な夫は、週に5時間を子供の世話に費やしているが、家の修繕や窓の外側の飾りつけや清掃といった家の内外の仕事に費やす時間を減らして、家事への関与の総量が増えないようにしている。妻が週15時間以上の勤めに出ているとき、平均的な天は週にさらに2時間を子供の世話に費やし、家事の総時間は20時間に増える。その妻は家事に50時間以上を費やすが、このことは、勤めに出ている女性が家事に費やす時間の総計は、幼い子供がいると大幅に増えることを示している。
さらに、調査者は、夫の家事や子育ての活動を特に重要なものだとは考えていないようである。こういった活動を、男性は夕食後に行う場合が多いと調査者は指摘している。このときの子供の世話は、主として子供と遊んだり話をしたりすることから成っており、特に難しいことではない。さらに、夫がこれに従事している間、妻はちっとも面白くない食後の後片づけで忙しいのだ。男性が他の家事に携わっているとすれば、妻が夕食後に勤めに出かけなければならないために、妻自身がその家事ができないためである場合が多いのである。
このように、夫の活動は、相変わらず主として女性の責務である一連の仕事の代替要員あるいは予備労働という形態のものなのだ。大部分の既婚女性はいまだに、家庭内の必要かつ最も時間のかかる仕事をして、毎日のかなりの部分を過ごしている。家事労働者の週当たり労働時間は、被雇用者集団の平均国人物の週当たり労働時間よりも良いということも注目に値する。したがって、賃金をもらっている女性は、もらっていない女性よりも家事の量は少ないものの、そのことは家庭での特定の仕事の配分には
ほとんど影響を与えないということがはっきりと示されている。家事はまだ性別に沿って厳密に分離しており、この区分は地域や国が違っても変わらないようである。生活時間配分の資料によると、性別による家庭内労働の区分に大きな変化はないことがわかる。
ある重要な発見から示唆されるのは、行われている家事の内容が、19世紀に変わったということである。もっとも、量は変わらなかったが。科学技術の変化が家庭に届くのは、職場よりも遅かったが、19世紀の終わりごろに比較的豊かな家庭に入り始めた。とはいっても、大きな科学技術の発達は、第一次世界大戦直後になって初めて、ほとんどの住民の家庭に影響を及ぼすことになった。これらの発達の意義は無視できない。ある社会学者がいっているように、「3つのものが、主婦の不潔できつい労働を劇的に減らした」のである。彼がいうにはそれは、「料理・暖房・照明のためのガス・電気、家庭用水道、そして洗濯機」だった。冷蔵庫や掃除機、そして冷凍庫、さらにまたインスタント食品にみられる家庭用科学技術の利用によってもまた、料理や掃除といった活動が、以前よりも簡単になった。このため、ある調査者などは、家庭内の技術変化は産業革命の技術変化に匹敵し、それと同じくらい重要であると提言するに至った。
このように、1920年代には、主婦の時間の大部分は、物を取りに行ってきたり、手で物を洗ったり掃除したりといった、きつい日課や退屈な仕事に費やされていたことだろう。今日では、いろいろな活動、特に子供の世話をしたり、買い物に出かける計画を決めることに時間が費やされることの方が多いだろう。幼年期、身体・精神・情緒の安定をはかることが育児の重要な側面であると強調され続けてきたため、このことが、女性が子育てに費やす時間の総計に明らかに影響を与えてきた。しかし、家庭で利用できる科学技術がますます増えているにもかかわらず、家庭用の設備機器を購入しても、必ずしも女性の家庭内での役割は安楽なものにはならない。むしろ、家庭により多くの技術製品があるほど、それを自分のものにし、利用し、維持するのに費やす時間は多くなることが示唆されている。例えば、ミキサーがあればもっと手のかかった食事を作ってみようという気になるし、洗濯機は、整頓のレベルが向上したこととも相伴って、より多くの洗濯がより頻繁になされることを意味する。実際、パーキンソンの法則がはたらいて、女性の家事は家庭内の科学技術が向上したにもかかわらず、一定のレベルに保たれているように思われる。この80年ほどで、状況はほとんど変わっていないようにみえる。というのは、専業主婦が家事に専念する時間の総計は、この期間、著しく安定しているからだ。さらに、家庭の科学技術は個人そして家族レベルで発達してきたので、女性が行う家事の、特定の性質を増強することとなった。この分野での多くの発達にもかかわらず、家事は相変わらず組織的でなく、孤立した比較的非能率的な単位でなされている。これらすべての理由により、次のことが主張されてきた。現代の科学技術は、性別による家事の区別をなくすのではなく、従来の家事の役割配分を支援し、強めることにすらなったのである。 ( n )
内容:一つの集団は、裏切者と犠牲者を生み出すことによって完成される。神に対する絶対的な帰依だけでは、集団は不安定である。集団の内部を律する緊張を生み出すために、キリスト教は内部にユダという裏切者を生み出した。集団がこのような自己完結を目指すのは、集団が衰弱しはじめている証拠である。
解説:キリスト教にユダが現れず、キリストが長生きして晩年は孫たちと幸せに暮らしていたという展開になったら、キリスト教の性格はもっと違ったものになっていたでしょう。
あらゆる組織は裏切り者と犠牲者を必要とするというのは、国内がピンチになると他国との戦争を始める国の例などで考えられそうです。また、人が何人か集まると、すぐに派閥のようなものができます。その派閥の結束力は、他の派閥との拮抗関係によってもたらされます。学校のクラスなどでも、先生の悪口を言っていると盛り上がるでしょう(笑)。裏切者や敵対者がいなくても活力を維持できる集団や個人を私たちは目指すべきでしょう。
名言は、「自国に対する賞賛が他国に対する軽蔑によって支えられているのであってはならない」など。 ( n )
第一段落は、要約と意見(当為の主題)。「私たちは、内部に敵を作らなくてもやっていけるように、個々人がもっと強くなるべきだ。」
第二段落は、方法と体験実例。「まず第一に、心構えとして、うまく行かないことを他人のせいにするのではなく、まず自分の努力不足として考えることだ。私も子供のころ、サッカーなどのスポーツで相手に負けると、相手チームを批判したり仲間のミスを批判したりしていたが、今は考えを改めて、まず自分の努力不足を反省することにしている。(ほんとかいな)」
第三段落は、方法2とユーモア表現。「第二に、為政者が、内部の敵を作る前に、情報を公開することである。オープンな情報が流れれば、だれかを一方的にスケープゴートに仕立てるというやり方は通用しなくなるだろう。宗教団体なども、内部の話し合いを公開するようにすれば、オウム真理教のような行き過ぎには至らないだろう。しかし、オープンにすると、話し合いそのものがないということが明らかになるかもしれない。(笑)」……あまり面白くないけど。
第四段落は、自作名言と意見。「敵は内部にいるのでも外部にいるのでもなく、ただ自分の未熟さの中にいるのである。」 ( n )

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