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級:★   山:wapu   年:★   月:10   週:2  苗:wapu
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題名:効力感は(感)

感想文の課題です。課題の長文を読んで感想文を書いてください。

課題の長文
 【1】効力感は、ただ自分の努力によって好ましい変化をひきおこすことができた、というだけでは伸び(の )ていくものではない。これこそ自分のしたいことだと思える活動や達成を選び、そこでの自己向上が実感されて、はじめて真の効力感は獲得(かくとく)されるからだ。【2】これに対して親は、いったいどんな手助けができるだろうか。じつはこれもそんなにむずかしいこととは思えない。ホワイトが正しく指摘(してき)したように、高等動物は本来、環境(かんきょう)に能動的に働きかけ、みずからの有能さを伸ばそ(の  )うとする傾向(けいこう)をもつ。【3】管理社会から自由で、また無気力に汚染(おせん)されていない子どもでは、この傾向(けいこう)はおおいにあてにできるからである。
 自然な生活のなかで、子どもはきわめて多くの望ましい特性を発達させていく。【4】効力感を伸ばす(の  )というと、何か特別なことをしなければならないかのように思うかもしれないが、じつは子どもの生活のなかには効力感を伸ばす(の  )のにかっこうの題材がたえずころがっているのである。
 【5】熟達を例にとってみよう。熟達をとおして子どもは自分の努力の意味を知り、そしてまた、その努力を自分にとって意味のある分野に向けることを学んでいくだろう。しかし、生活のなかでの熟達は決して訓練という形をとらない。【6】子どもの側が興味をもって取り組みたがるさまざまな熟達の機会があるのだ。
 たとえば、子どもが、「自転車に乗りたい」といいだしたとしよう。親はまず、「三輪車にしなさい」というだろう。【7】ところが、三輪車でしばらく満足していた子どもが、そのうちどうしても自転車にしたいといいだすようになる。「自転車でないとスピードがでない」「自転車でなければ友だちと一緒(いっしょ)に走れない」などということもあるだろう。【8】しかし、最大の理由は、三輪車は安全すぎ、やさしすぎるのでつまらない、ということである。自転車を要求する子どもに押さ(お )れて、親は転倒(てんとう)することをおそれながらも、補助輪をつけるという条件でしぶしぶこれを認める。【9】子どもはしばらく補助輪をつけて自転車に乗っているが、そのうちに必ず補助輪をはずせといってくる。その理由は、ただみっともない、ということではない。むしろ、補助輪があったのでは、やさしすぎてつまらない、ということである。【0】このように、子どもの技能が繰り返し(く かえ )によって進歩していくと、子どもは、いわば、内発的によりむずかしい課∵題に興味をもつようになる。条件さえととのえれば、あとは放っておいても熟達するものだ、とさえいえるかもしれない。気をつけなければならないのは、親がむしろこれにブレーキをかける役をしてしまいがちなことだ。
 もうひとつ重要なのは、子どもの生活のなかには、さまざまな熟達のお手本があるということだ。二本足で歩くといった単純なことでさえ、お手本がなければ、やってみようとする気にもならなかったかもしれない。狼(おおかみ)に育てられて大きくなった子どもが二本足で歩行しなかった、というのは有名な話である。
 お手本がなかったとしたら、親は子どもに教えること、訓練することで毎日を忙しく(いそが  )すごさざるをえないだろう。ところが、子どもが自然に暮らしているなかで、彼ら(かれ )はさまざまな熟達のお手本に出会い、そのなかから自分の発達の水準と生活の必要性からいって適切と考えられる課題を、みずから選びとっていくのである。(中略)
 親が注意すべきことといえば、何よりもまず賞罰(しょうばつ)によって子どもの行動をコントロールしすぎないということであろう。もちろん、効力感を伸ばす(の  )という以外の目的のために、賞罰(しょうばつ)にたよらざるをえない場面があることは確かだ。しかし、そうだからといって、すべてのしつけや教育を賞罰(しょうばつ)にたよって押し(お )とおそうとすると、効力感を伸ばす(の  )ことはまず無理になる。できるだけ子どもの探索(たんさく)や発見を奨励(しょうれい)し、子どもなりの知識の体系や価値観が形成され、さらにそれが自覚化されていくのを期待するようにすべきだろう。親の関わり方は、子どもが次にやるべきことを指示したり、賞めたり叱っ(しか )たりといった形ではなく、むしろ子どもの活動や自己向上が促進(そくしん)されるように環境(かんきょう)条件をととのえてやるとともに、子どもの内部にある知識や価値基準を明瞭(めいりょう)化し、それが子どもの行動を導くものになるのを助けるという形で行なわれるべきだろう。

 (波多野誼()余夫、稲垣佳世子()「無気力の心理学――やりがいの条件」より一部改変)

項目表

項目表を参考にして、作文・感想文を書いてください。 項目の苗 小1から楽しく書ける。作文、読解、国語の通信教育。Online作文教室 言葉の森 
項目表 プラタナス の苗 高1年 10~12月
目標:人文科学のテーマを書く書き方を身につける
 ★重要・評価あり ◎重要・評価なし ○普通・評価なし 段落は大体の目安です。
第 1 段落項目キーワード説明
構成 ○ 題名の工夫題名の工夫 <<構成>>「○○な○○」「○○の○○」のように工夫
構成 ○ 四段落構成 大きく四つぐらいの部分に分けて書く
構成 ◎ 書き出しの工夫書き出しの工夫 <<構成>>会話・色・音・情景で書き出す
主題 【】★ 当為の主題べき 当為 <<主題>>私はAべきだと思う
             ↓
第 2 段落項目キーワード説明
構成 【】★ 複数の方法一方法 <<構成>>…の方法としては第一に
題材 ◎ 体験実例体験 私 わたし 僕 ぼく <<題材>>自分らしい体験実例を書く
表現 ○ たとえまるで みたい よう <<表現>>まるで…のよう
主題 ○ 途中の感想 途中で主題に関連した感想を書く
             ↓
第 3 段落項目キーワード説明
構成 【】★ 複数の方法二方法 <<構成>>…の方法としては第二に
題材 【】★ 歴史実例・長文実例歴史 長文 <<題材>>歴史の実例・長文集の実例
表現 ◎ ユーモア表現笑 爆 ユーモア <<表現>>ユーモアのある表現(笑)
表現 【】★ ことわざの加工ことわざ <<表現>>ことわざや名言や流行語を加工する
             ↓
第 4 段落項目キーワード説明
主題 【】★ 反対意見への理解確かに <<主題>>確かにBもよいが、しかしAが
表現 【】★ 自作名言ではなく でなく 自作名言 <<表現>>「○○とはAではなくBである。」という形の文
主題 【】★ 当為の主題べき 当為 <<主題>>私はAべきだと思う
構成 【】★ 書き出しの結び書き出しの結び <<構成>>書き出しのキーワードを使って結ぶ

字数 ★ 1000字以上
表記 ○ 決めてくる、読みかえす書くことを決めてくる、書いたあと読み返す
表記 ★ 制限時間75分書き始めから書き終わりまで75分で
表記 ○ 構成メモ作文を書く前に構成メモを書く
表記 ○ 漢字を使う、ていねいに書く習った漢字を使いていねいに書く
表記 ○ 段落三文段落の目安は三文ぐらい
表記 ○ 一文一点読点は1文に1〜2点を目安に
表記 ○ 常体で書くした・だった・であるなどで書く練習
表記 ○ 誤字一ヶ所以内一つの作品に誤字は一つまで


課題のヒント

input-buffer overflow. The line is split. use -b #SIZE option. テレビは世界がこれまで知った中で最高に強力な言語を変化させる作用をするものである。この機能において、テレビは、発明されて数年のうちに読み書きの能力と世にあまねく行きわたっている義務教育をすでに凌駕してしまった。
 これははなはだしい誇張(こちょう)に思われるかもしれない。しかし、読み書きの能力や世にあまねく行きわたっている義務教育は文字言語に主として関係があるのであり、この文字言語というものは読み書きの広く行きわたっている今日においてさえ、我々の全意思伝達の10%以下の手段になっているにすぎないということを考えなさい。テレビは音声言語に主としてかかわっており、音声言語は意思伝達の主な手段であり、全意思伝達のほぼ10%が音声言語を伝達の手段として用いるほどである。声音言語を用いた意思伝達に対比して、文字言語による意思伝達の内容の相対的重要性について無理に理屈(りくつ)をつけて言い張ることができる。真に重要であり、したがって、永遠の記録として具現化される意思伝達の種類は主として書かれるものだ。ラテン語の諺が2000年前に述べているように、「談話は飛び去る。しかし書かれた伝言は存続する」。身分の高い人であれ、低い人であれ、あらゆる種類の人の間で行われる話し言葉によるやりとりの少なくとも50%には、基本的に重要なものは何もない、ということを主張として無理なく提起することさえできる。しかし、同じように説得力のある反論がある。今日、永遠の記録は、保存され、自由に反復され、テレビのように生の映像と組み合わされさえするために、レコードやテープに刻みこまれることができる。このことは、もはや談話は「飛び去る」ことがないことを意味している。つまり、談話はその話し手と話し手が述べた内容の永続する記録として存続するために、談話の話し手の映像と混合されうるのである。
 しかし、このことは枝葉末節の問題にすぎない。(専門の言語学者はすでにそのことについては数十年間知っていたことだが、)個人の記録された声は、もし分光写真で見えるように写し出されれば、その人の指紋(しもん)と同じようにはっきりしており、積極的に特定できる確実な手段となるものであるという専門外の世界の他の最近の発見と同じように。我々にとって重要である点は、テレビとその特色のいくつかを共有する他の2つの最近の発明物であるラジオと映画と並んで、テレビによって今日もたらされる手段ほど強力で、迅速(じんそく)に作用する言語を変化させる手段は現代に先立つ歴史上どの時代にも存在しなかったということである。
 あらゆる国の若い世代は、映画俳優、ラジオのアナウンサー、そしてとりわけテレビのニュースキャスター、ニュース放送の総合司会者、広告者、特別番組の役者たちによって分与(ぶんよ)される標準国語の絶え間のない、容赦(ようしゃ)のない砲撃(ほうげき)にさらされているので、彼ら(かれら)の両親たちの言葉のすべての方言的特色をなくし、彼ら(かれら)の目には最高の権威(けんい)をもっていると映る人々によって話される彼ら(かれら)が好きな番組で耳にする標準語を採用する方向に向かっているのである。
 例をあげてみよう。イタリアは数も多く、しかも永続性のある方言の国である。イタリア人の話し手が最高に教育され、文法と語いを完全に使いこなす力をもって話す所でも、その話し手の出身地方の口調がはっきり現れ、彼(かれ)がどの地方の出身であるかを確実に示すものとして作用することがたいていあるのである。私は1908年、7歳(さい)のときに故国イタリアを後にした。1921年、20歳(さい)のときに初めてもどり、ジェノバに上陸したとき、ジェノバの学生に、「あなたはローマ人ではありませんか」と言われてちょっとびっくりしたものである。私の生まれつきの口調が私がどの地方の出身であるかを暴露(ばくろ)したのである。
 しかしそれはテレビが出現する前の時代であった。1959年、ナポリの友人とナポリのバスに乗っていたとき、一団の若者たちがそのバスで正しい、なまりのない標準イタリア話を話すのを聞いて驚い(おどろい)た。彼ら(かれら)の話す標準イタリア語からは地方のイントネーションを特徴(とくちょう)づけるものはすべて消えていた。私は友人に彼ら(かれら)は中央イタリアからの旅行者ではあるまいかと尋ね(たずね)た。
 「全然違い(ちがい)ますよ」と友人は答えた。「この地方の少年少女ですよ」
 「しかし、あのナポリなまりはどうなってしまったんだ。どんなに教育を受けても、ナポリ人なら絶対になくならないと思われていたのに」
 「そうかね」というのが返事だった。「家につくまで待ちなさいよ。そうすればわかるでしょう」
 友人のアパートについたとき、私は友人の8歳(さい)、10歳(さい)、12歳(さい)の3人の子供と知り合いになった。お父さんとお母さんは、それまでいつもそうであったように、彼ら(かれら)自身の教養あるナポリ方言で話し続けているのに、3人の子供たちはみな私がバスで耳にしたのと同じなまりのない標準イタリア語で話した。
 私の友人は言った。「これはイタリア全国士で起こっていることです。若者たちはもはや自分たちの両親や親せきの人から言葉を取り入れません。学校からは一部取り入れますが。我々の時代にも学校はありましたがね。本当に差を生じしめているのは映画とラジオ、それにとりわけテレビなのです。それらは若者たちの目に権威(けんい)をもって映る話し手であり、若者たちは意識的にせよ、無意識的にせよ、模倣(もほう)するのです。もしこうした事態がさらに50年間も続けば、イタリアには方言の痕跡(こんせき)もなくなるでしょう。全イタリア人が同じ、平板な、単調な、特徴(とくちょう)のない国語を話しているでしょう。それは幸いであるかもしれないし、災いであるかもしれません。地方的特色はなくなるが、すべての人が他のすべての人の言っていることがわかるでしょう。それは我々の世代について言える以上のものでしょう」
 この意外な新事実を知る以前においてさえ、英語が話されている世界における同様な現象のことを意識していた。私は英国英語が話される初期の映画について、話されたことのいかに多くがアメリカ人の耳に分かりにくいかに気づいていた。それから我々は英国なまりに慣れたのであった。ちょうどイギリス人が疑いなく米国なまりに慣れたのと同じように。しかし、それはみなただ単なる受動的な受容であったと少しも思ってはならない。両国の発音が感知できないうちに積極的に混ざり合ったこともあるのである。イギリス人の話し方がより米国的になるのと同じように我々の話し方がより英国的になるのである。もし今から1世紀かそこいら後のある日、英語の2つの主流が、それはジェームズタウンとプリマス湾(わん)の植民地の創設とともに分かれ始めたのであったが、再び1つの強力な流れに収束することがあれば、その効力と栄光は映画、ラジオ、特にテレビのものとなるであろう。
 国際間で起こっていることは国内でも起こっている。もし君が、ハリウッドとテレビスタジオに基づく、未来の標準米語を聞きたいと思うなら、カリフォルニアに行き、カリフォルニア生まれの若い世代の話し方に耳を傾け(かたむけ)なさい(もちろん、他の州からカリフォルニアに移住してきた人の話し方ではいけない。彼ら(かれら)は生涯(しょうがい)を終わるまで自分の地方のなまりを身につけているのだ)。1960年の大統領選挙戦で、ニクソンが驚き(おどろき)、軽蔑(けいべつ)、疑念などの表情を全然させなかったのに、ケネディのアメリカ東部なまりの話し方が何とくせのある発音として目立ったかを覚えているか。ニクソンは地方なまりを全く失った米語、未来の標準米語を話したのである。2、3年前、ミスアーカンソーがミスアメリカになった。映画、ラジオ、テレビと1、2の東部の大学という規定食で育てられたので、彼女(かのじょ)は南部の影響(えいきょう)の全く感じられない標準米語でテレビの視聴(しちょう)者に話しかけたのである。その後お父さんとお母さんが少し話すように求められた。二人が話したとき、素晴らしいアーカンソー方言が二人の口からしたたり落ちた。確かなことが1つある。ミスアーカンソーの未来の子供たちは、近代的状況(じょうきょう)で育てられれば、彼ら(かれら)の祖父母の南部の口調ではなく、彼ら(かれら)の母親の標準米語を使うだろうということである。
 以上の前兆から、個人の使う米語がどうなるかははっきりしている。米語は近代の伝達手段によって標準化され、統一化されつつあり、そうされていくであろうということである。地方方言のすべての名残りが最後には取り除かれるかどうかを予言することは困難である。しかし、もっともっと目立たない位置に追いやられるであろうことは確実だ。オザークス地方の話し方を記録にとるために、アパラチア山脈の奥地(おくち)に本当に探険隊を派遣(はけん)する必要が出てくる時代がやってくるであろう。また、前世紀末にべグリア方言の最後の話し手が、記録する目的で言語学者によってアドリア海で探し求められたのと同じように、ブルックリン地区の方言を話す最後の生存者がグリーンポイントやフラットブッシュの荒野(あらの)で探し求められる時代がやってくるであろう。 ( n )
 解説:意見は現代の社会の問題にかかわらせながら書いていきましょう。子供は(人間は)自分の力で、周囲の大人や兄弟のお手本を参考にしながら、新しい課題に挑戦(ちょうせん)し効力感を獲得(かくとく)していく、というのが長文の内容です。みなさんも子供のころ、お母さんが危ないからやめなさいというのを振り切っ(ふりきっ)て自分の力で玉子焼きを作ろうとしたり、電車の切符(きっぷ)を買おうとしたり、自転車で遠出をしたりしたことがあるでしょう。現代の社会は、子供が自分の力で課題を見つけ達成することにあまり寛容(かんよう)ではありません。それよりも、勉強のスケジュールに合わせて、子供が自分からは必ずしもやりたいと思っていないことまで賞罰(しょうばつ)で押し付け(おしつけ)ているようなところもあります。これは、文明社会が持つ共通の弱点です。「あぶないからしちゃダメ」という制限と、「したくないことでもしなさい(ごほうびをあげるから)」という押し(おし)付けが共存しているのが現代の社会です。ここから、当為(とうい)の主題「子供は……べきだ」という意見や、社会問題の主題「……は問題だ」という意見を書いて、そのあと方法や原因や対策で展開していきましょう。

 ことわざの加工は、こんな感じです。「『蟹は甲羅(こうら)に似せて穴を掘る(ほる)』ということわざがある。人間も本来自分の甲羅(こうら)に合わせてそのときどきの課題を見つけ出す力があるはずである。しかし、現代の社会は、甲羅(こうら)の大きさにかまわずに一律に同じ穴を掘る(ほる)ことを要求しているように見える」。ことわざをほかの言葉にあてはめたり、ことわざを逆の意見のところで引用したりするのが「ことわざの加工」です。
 ( n )
 第一段落で要約。そのあと続けて、「子供のころから効力感(やる気や自信)を持たせる育て方をするべきだ。」
 第二段落で方法1。「そのための方法としては第一に、できたことをどんどんほめることだ。」続けて、体験実例。「私も、苦手だったスポーツを、ほめ方のじょうずなコーチに教わって得意になった。」など。
 第三段落で方法2。「また、第二の方法としては、日本の減点主義の文化風土を改めることだ。」続けて、社会実例(歴史実例)。「江戸(えど)時代の日本は、減点主義であったために、政治の中枢(ちゅうすう)は実力に乏しい(とぼしい)人によって占め(しめ)られていた。明治維新(めいじいしん)はその古い体制を打破したために、多くの若者が活躍(かつやく)した。」など。
 第四段落で、反対理解と結びの意見。「確かに、自分の限界を知るということは大切だ。しかし、日本の社会はもっと効力感を持たせるような教育をすべきだと思う。」
 ( n )
 第3段落を「学歴尊重の世の中を改め、人間性を大切にすることだ。」などとした場合の「歴史実例」。
 下克上(げこくじょう)の戦国時代は、世の中が不安定ではあったが、才覚次第で誰(だれ)にでも出世のチャンスがあった。足軽から天下統一を成し遂げ(なしとげ)た豊臣秀吉(ひでよし)のように。 ( h )
第一段落 要約、当為(とうい)の主題「子供がやる気や自信を持てるように育てるべきだ。」

第二段落 方法1「そのための方法としては第一に、子供自身がしたいと思うことにどんどん挑戦(ちょうせん)させることだ。」大人の目から見たらつまらないと思えるようなことでも、子供が本気で追究すると、達成感が得られ、自信に繋がります。恐竜(きょうりゅう)の研究、プラモデルやレゴの制作、お料理、おしゃれなど、勉強とは関係ないけれど、個性を育ててくれるものを考えてみましょう。

第三段落 方法2「また、第二の方法としては、誰(だれ)もが自分らしさを大切にする社会を作っていくことだ。」歴史実例としては、江戸(えど)時代末期の天保の改革。倹約(けんやく)令を徹底(てってい)し、庶民(しょみん)の恨み(うらみ)を買ったことも、改革を行った水野忠邦(ただくに)の力を急速に衰え(おとろえ)させ、改革は2年で崩壊(ほうかい)。幕府権力を弱める一因となりました。ほんの少しの贅沢(ぜいたく)も禁止し抑圧(よくあつ)するというのは、人間の本性を無視したものだったといえます。

第四段落 反対意見への理解、結び 「確かに時代の要請(ようせい)に応じる人間は、好まれるかもしれない。」「しかし、子供の個性を尊重し、やる気や自信を育てる社会を作っていくべきだ。出る杭があるなら、その杭を有効に活用する方法を考えるべきだ。」(ことわざの加工) ( s )