エジプト人の記述は絵から始まった。その絵は、始めは、例えば、家、ライオン、大きなヘビ、皿、アヒル、あるいは人のように、描かれたものだけを意味した。その後、絵は考えと行いを表わすために描かれた。ワシの絵はワシを意味した。イーグルが人の頭を持っていたら、その絵は「魂」を意味した。一つの目の絵は目を意味した、しかし、二つの目の絵は「見ること」を意味した。また涙が目からこぼれていれば、その絵は「泣くこと」を意味した。
エジプト人は、彼らの書かれた言葉の絵に何かをした。彼らは、彼らの言語に音を表わすために何枚かの絵を使った。ワシの絵は鳥を意味したが、その絵はまた、英単語の「car」にあるような母音の音[a:]を表わすことができた。エジプト語の記述は難しかった。それは絵で作られたパズルだった。
それらは音を表すが、単語の意味を表さない。古いエジプトでは、人々の一集団があり、その集団の唯一の仕事は書くことだった。彼らは書記と呼ばれた。私たちは、それらがどのように見て働いたか知っている。なぜなら、書記は、古いエジプトの生活についてを私たちに伝える多くの絵画の中に姿を見せるからだ。書記は、通常、一巻のパピルス紙を片方の脇に抱え、また、もう片方の脇には、インクつぼとともに木製のペンを抱えていた。
書記は、多くの絵を作る方法を知らなければならなかった。アルファベットの26文字はその音をすべて綴り、それらは英国とアメリカの小さな子供によって学習されている。エジプト人は彼らの記述の中に三千をこえる絵を持っていた。六百だけがしばしば使用された。
エジプト人は絵を描き、それをよりよく開発した。彼らは、物、行い、考え、およびいくつかの音のための絵を持っていた。しかし、彼らは、エジプトの言語のすべての音のための本当のアルファベットを持っていなかった。 ( n )
父親の役割とは、子供に文化や社会規範を伝えることだ、というのテーマです。価値観を伝える父親像というのは、現代では少なくなりましたが、歴史を見ると、父親というのはいつも無理を承知でやせ我慢という役割を果たしていたようです。
昔話ではありませんが、有名なのは「巨人の星」の父親、星一徹です。大リーガー養成ギブスなどは一徹の価値観をよく表しています。桃太郎が鬼退治に行くことをおじいさんとおばあさんに告げたとき、おじいさん(父親の役)とおばあさん(母親の役)がそれぞれどんなことを桃太郎に言ったか想像してみてもおもしろいと思います。おばあさんは、「そんなところにわざわざ行かなくても、ここで楽しくくらしていれば」と引き止めたでしょうが、おじいさんは、「どんなに苦しくても見事に鬼を退治するまでは戻ってくるな」などと言ったかなあ……。 ( n )
第一段落は要約。