ヒイラギ の山 8 月 1 週
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○自由な題名
○私の日曜日
★私の家族、痛かった思い出
○虫をつかまえたこと
父の仕事
 【1】「いってらっしゃい。」と妹、「早く帰ってきてね。」とぼく、そして、「気をつけてね。」と母の声。
「行ってくるよ。ゆうすけ、あっこちゃん、学校がんばってな。」
毎朝、同じ会話が交わされ、静かな朝の道へオートバイが走り出していく。父の出勤だ。
 【2】父は、消防署に勤務している。いつ、どこで発生するかわからない火災や事故を相手にする緊張した仕事だ。朝出勤すると翌日の朝まで帰らない。日曜も祭日もなく一日おきに勤めている。非番で家にいる日も午前中は寝ている。前日は勤務で寝ていないからだ。【3】父が寝ている間は、家族も音を立てないようにして歩かなければならない。「いやだ。消防署なんてやめちゃえ。」と、父の仕事を憎く思ったこともある。しかし午後、目が覚めると僕と妹に本を読んでくれたり、一緒に遊びに出かけてくれたりする。制服を脱ぐと本当に優しい父だ。
 【4】三年生のとき、社会科で消防署の仕事について習った。市民の安全を休みなく守る消防士さん、それが僕の父なのだ、と思ったとき、僕は初めて父の仕事に感謝し、その仕事を誇りに思った。
 無遅刻、無欠勤で働き続けたために、署の招待で家族旅行に行ったこともある。【5】新婚旅行をしなかった両親にとって、結婚十周年を兼ねた旅行となり、とても楽しかったそうだ。また、十五年勤務のお祝いには、母も消防署に招かれ、感謝状を贈られた。
「火災出勤があるとね、神様に手を合わせて、どうか無事に勤めが果たせますように、って拝むのよ。」
と母は話してくれた。【6】冬の夜、緊急の出動があるときも、母は飛び起きて父を送る。そのあと風呂をわかしたり、布団をあたためたりして、寒くても父の帰りを待っている。そんな母の心づかいを、きっと父も感謝しているに違いない。∵
 【7】父の頭の中はまるで市内の地図だ。休みの日、車で街を走ってもらうと、いろいろな道を知っていることに驚く。地図で調べたり、道を聞きながら走ったりしたのでは火事が広がってしまうから、父にとっては当たり前のことなのだろう。
【8】「消防士の仕事は、一秒が大切だ。だからといって、早ければいいわけじゃない。失敗や事故は許されないから、正確でなくてはいけない。だから、心にゆとりを持つことだ。そして、いつでもきちんと動けるように、体を大切にしないとね。」
父はそう話す。【9】なんだか父の勤務への心構えは、いつも僕たちに何かを教えているように思えてくる。
 健康な体。早く正確に。心にゆとりを。多くの人の、仕事や日々の生活にとって、同じように考えられると僕は思うのである。【0】

(言葉の森長文作成委員会 ι)