ズミ の山 10 月 3 週 (5)
★高校進学率が(感)   池新  
 【1】高校進学率が六〇%を超えるのが昭和三六年。昭和四九年には九〇%を超える。大学進学率が二〇%を超えるのが昭和四四年。昭和四八年には三二%になる。大衆受験社会は昭和四〇年代後半にはじまった。【2】週刊誌が大学合格者高校別一覧や受験関係の記事を頻繁に登場させるようになるのが昭和四〇年代である。
 この間の進学率の上昇によって親は子弟を少しでもよりよい学校に入学させようとする。【3】教師も進学先のない子どもがでないようにしなければならないという教育的配慮を働かせる。となると、入れる学校を確実にみきわめねばならない。生徒の相対的学力査定――偏差値が必要になる。【4】ところが、確実に入学できる学校を探すためにいったん偏差値がつかわれると、それまで曖昧だった学校ランクが明確になり、固定化する。教師が指導する学校には必ず入学できることになるが、その反面、それまで曖昧だった学校序列が偏差値によって、明確な学校ランクとなる。
 【5】こうして昭和四〇年代後半以後に「輪切り」といわれる学校の総序列化が急速に進んだ。職業高校が普通高校の序列の下に組み込まれはじめるのもこのころからである。昭和五〇年には「高校入試に跋扈する偏差値」のような偏差値バッシング記事が登場するようになる。
 【6】学校が総序列化すると、受験競争への焚きつけは、学歴社会や立身出世物語などの外部に帰属させることなく、受験社会内部で自己生産することができるようになる。学校ランクや偏差値ランクがそれ自体として競争の報酬になり意味の根拠となってしまうからである。【7】偏差値五十一と五十六の僅差の学校ランクが将来の昇進や賃金に持ち越されるわけではない。にもかかわらず、偏差値やわずかな学校ランクが受験競争の誘因になってしまう。
 【8】しかも、すべての学校がランク化つまり総序列化状態におかれれば、事態は一部の人々の間のエリート校をめぐっての競争にとどまらなくなる。平均学力の生徒も、相対的上位校をめざしての競争に焚きつけられる。∵【9】生徒は模擬試験などによって偏差値五十五と知らされたとき、偏差値六十八とされる学校への志願はあきらめるだろう。しかし頑張れば偏差値六〇の学校に進学できるのではないか、というようにかえって焚きつけられる。【0】(中略)
 したがって、受験競争はすべての人を巻き込み、熾烈になる。しかし、失敗感や挫折感はすくないというパラドクシカルな状態になる。というのは、大衆受験社会においては、模擬試験や受験情報で自分の学力の相対的位置を早いときから知らされている。高望みしているわけではない。はじめからほどほどのところがめざされている。大きな目標もないかわりに大きな挫折もないのである。そもそも偏差値受験体制は成功と失敗が断続的ではなく傾斜的である。上をみれば失敗であり下をみれば成功である。
 また背後に立身出世や学歴社会のような大きな物語があるわけではないから受験に失敗することは立身出世物語の成就や失敗ではない。せいぜいがいまより頑張れば就職のときに多少有利かもしれないという「景品」程度である。受験の成功や失敗によって心の傷を残し青少年の人間形成に影響をあたえるといったことははるかにすくなくなったのである。(中略)
 大衆受験社会とは、受験がシステム化された社会である。受験が一回かぎりのものではなく、中学校受験、高校受験、大学受験というように何回もある状態をいう。しかも学校が総序列化されたなかでこういう競争がおこなわれると、目標と競争への焚きつけは主体の欲望からではなく、受験社会のほうからやってくる。(中略)
 欲望は受験システムからやってくる。受験システムの外部にある個人の野心や欲望は回収され空白化する。だから大衆受験社会におかれた受験生は、「なぜか(自分でもわからないうちに)受験競争にそれなりに頑張ってしまう」ということにもなる。大衆受験社会はシステムに飼育された(空虚な)主体の製造工場である。
 
 (竹内洋「立身出世主義」)