レンギョウ2 の山 2 月 1 週 (5)
★(感)もっと強く   池新  
もっと強く

【1】もっと強く願っていいのだ
わたしたちは明石の鯛がたべたいと

【2】もっと強く願っていいのだ
わたしたちは幾種類ものジャムが
いつも食卓にあるようにと

【3】もっと強く願っていいのだ
わたしたちは朝日の射すあかるい台所が
ほしいと

【4】すりきれた靴はあっさりとすて
キュッと鳴る新しい靴の感触を
もっとしばしば味いたいと

【5】秋 旅に出たひとがあれば
ウィンクで送ってやればいいのだ

【6】なぜだろう
萎縮することが生活なのだと
おもいこんでしまった村と町
家々のひさしは上目づかいのまぶた

【7】おーい 小さな時計屋さん
猫背をのばし あなたは叫んでいいのだ
今年もついに土用の鰻と会わなかったと

【8】おーい 小さな釣道具屋さん
あなたは叫んでいいのだ
俺はまだ伊勢の海もみていないと

【9】女がほしければ奪うのもいいのだ
男がほしければ奪うのもいいのだ

ああ わたしたちが
もっともっと貪婪にならないかぎり
なにごとも始りはしないのだ【0】

(『茨木のり子詩集』より)

(注)「味いたい」=「味わいたい」 「始り」=「始まり」