ルピナス の山 11 月 1 週 (5)
★時計を選ぶときには(感)   池新  
 【1】時計を選ぶときにはいろいろな選択肢があるが、文字盤がアナログかデジタルかで選ぶというのもある。液晶式デジタルウオッチが世の中に登場したのが一九七二年。【2】時計の表示方式の革命といわれたように、選択肢が一気に広がり、以後、デジタルウオッチは電子製品の特徴である、量産化による大幅な経費消滅で急速に市場を広げていく。
 【3】一九七九年と八〇年の二年間の日本の時計生産ではデジタルがアナログを上まわるほどにまで成長したが、今度はその反動で「アナログ回帰」現象が急に起こり、九〇年にはデジタルの比率は二割にまで落ち込んでしまった。【4】その後デジタルに魅力的な製品が開発され、最近は国内市場の三割程度がデジタル時計と考えられる。
 情報として考えるならば、デジタルは、細分化された「断片的情報」である。【5】より正確な情報をドライかつ明確に表示することには優れているが、前後との関連や全体のなかでの位置づけを表すことには不向きだ。一方のアナログは、「情緒的情報」ともいわれるように、全体の傾向や位置づけを表すのは得意だが、細かい部分を見るにはわかりにくい。【6】グラフでいえば、円グラフや折れ線グラフがアナログ情報である。
 では、時計の表示としてはどうであろうか。アナログ時計は瞬時におおまかな時刻を読み取ることと、残り時間を算出しやすいという点で優れており、デジタル時計は正確な時刻を表示する点で勝っている。
 【7】面白いもので、人から時刻を聞かれたときにアナログ時計をしていると「一〇時半」と答える人が、デジタル時計をしていると「一〇時二九分」、場合によっては「……四五秒」と秒数までも答えてしまう。【8】アナログ情報は読み取るときに頭の中の思考回路を働かせないと答が出せないのに対して、デジタル情報は表示の数字を読みあげるだけですむからである。残り時間を出す場合、アナログ時計は見ただけで認識できるが、デジタル時計は頭の中で逆算しなければならない。
 【9】もっとも、時計が60進法を採っているためにデジタル派はいっそう不利になっている。とくにわれわれ日本人は算用数字イコール10進法という固定観念が強く働いてしまうのかもしれないが、10:59の次が10:60にならずに11:00になるのは、頭ではわかっていても実感がともなわない。【0】デジタルだと、「まだ時間がある」ような錯覚におちいって話しこんでいるうちに、次の∵約束に遅れてしまったりするのは、そのためだ。
 では、表示以外については、デジタルとアナログでどう異なるのか。
 アナログ時計には針を動かすための歯車があり機械部分が残っているが、デジタル時計は「全電子時計」と呼ばれるように、機械的動きの部分がまったくない。したがって部品点数が少なくなる(自動巻きの機械式腕時計では一四〇点前後あった部品が二〇?三〇点ですむ)ので、安く、かつ軽くなる。正確で安い経費の時計をつくるにはデジタルが最適だ。
 一方、アナログ時計の最大の利点はデザインの多様性だ。デジタルの数字のようにデザイン上の制約がないので、丸型にも角型にもできるし、文字盤一面に模様を入れることもできる。したがって、スポーティ感覚のデザインでも、高級感あふれるドレスウオッチでも思いのままだ。宝飾時計の分野などはアナログ時計の独壇場といえる。
 近年デジタルウオッチが盛り返してきたのは、その頭脳である大容量のLSI(大規模集積回路)の価格が下がってきたために安い経費で調達できるようになり、メモリー(記憶)機能やセンサー(感知)機能が加わって、これまでのウオッチの概念を超えるユニークな多機能ウオッチが登場したためだ。このような機能を発展させていくと、腕につけているだけで時計が体温、血圧、脈拍などを測り、定期的にかかりつけの病院へ情報を送信し、異常があると呼び出し機能で呼び出される……などという日も近いかもしれない。(中略)
 アナログウオッチも変わってきている。頭脳にIC(集積回路)を使うようになっただけでなく、近年はそのICに演算処理機能をもたせた時計が実用化している。これによってアナログ時計でありながら時と場合に応じて、ストップウオッチやタイマーなど別時計を同じ文字盤に表示する多機能のアナログ時計ができたのである。もちろん、元に戻せば、正しい時刻が表示される。まさにデジタルの頭脳をもったアナログ時計だ。
 時計のエレクトロニクス(電子工業)化がデジタルウオッチを生み、アナログ時計にも便利なものが登場した。人間の脳にも右脳と左脳があるように、時計のデジタルとアナログも共存共栄で発展していくことだろう。 (織田一郎()の文章による)