チカラシバ2 の山 9 月 2 週 (5)
○お客様が来たときには(感)   池新  
 【1】お客さまが来たときには座布団を出します。ふたりで来たときには二枚ならべます。集まりなどがあっておおぜいのお客が来ると、その数だけ座布団がいります。座布団が足りなければ、あとから来たお客は畳の上にすわります。【2】「どうぞ、おつめください」と言って、ひざをおくっていけば、かなりたくさんの人数でも一部屋にはいってしまうことができます。「すこしせまいようですから、襖をはずしましょう。」つぎの部屋も使えば、ずっとひろくなるでしょう。
 【3】日本間は、まったく便利にできています。西洋式の部屋では、こんなわけにはいきません。応接間には椅子があり、ソファがあり、テーブルや、わきテーブルが置いてあるので、そんなにおおぜいのお客ははいれません。【4】それに、きまった椅子の数しか腰かけられない。あとからおおぜい来ても、椅子がなければ立っていなければなりません。それにとなりに部屋があっても、壁やドアで仕切られていますから、いっしょにして使うことはむずかしいでしょう。
 【5】日本人は大むかしから椅子を使いませんでした。床にあぐらをかくのがふつうだったのです。奈良朝のころになって唐ふうの風俗がさかんに朝廷やお寺に取り入れられたとき、椅子に腰かける生活も一時は行なわれたようですが、そのまますたれてしまったということです。【6】その後、時代は下って、信長や秀吉のころに西洋の文化や風俗がさかんに取り入れられたときにも、椅子を使うならわしは伝わりませんでした。江戸時代に、長崎の出島ではオランダ人がテーブルと椅子の生活をしていましたが、日本人の生活の中には影響をあたえなかったのです。【7】よく考えてみると、こうしたことも、ひとつには夏を涼しく過ごすために、家具を多く置かないという生活のくふうから、おこったもののようです。テーブルや椅子が置いてあれば、それだけ外からはいってくる涼しい風がさえぎら∵れてしまいます。【8】椅子に腰かけているよりも、ひろい畳の上にすわっていたほうが、その畳の上を渡ってくる風をうけてよっぽど涼しいのです。
「日本では居間が応接間にもなり、食堂にもなり、また寝室にもなる」と言って西洋の人々はびっくりします。【9】居間には居間の家具があり、応接間には応接間の、食堂には食堂のテーブルや椅子が置かれ、また寝室には家族の数だけベッドを用意しなければならない、西洋ふうの家からみれば、たしかにうそのような生活です。【0】家の中にひろく空間をとって、それを必要によっていろいろに利用する、こういった生活のくふうは、たしかにすばらしいものだといってよいでしょう。
 なお、これに似たすばらしい生活のくふうはほかにもあります。たとえば、風呂敷(カバンとくらべてごらんなさい。)、げた(くつとくらべて)、はし(ナイフやフォーク)など、──ほかにどんなものがあるか考えてごらんなさい。

「日本人のこころ」(岡田章雄著 筑摩書房)より