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ゆうこ(あえちゆ)広小の広中2024年03月清書
がんばったこと
ゆうこ

 私が盲腸になった時の話。この日から、一人で入院をしないといけなくなった。3週間ほど、入院していた。盲腸になったのは、2年生の秋頃。まだ幼かったから、一人になるのが怖かった。親も仕事や、兄弟の習い事、幼稚園への送迎で会える日があまり無かった。そして、私は大阪に住んでいるが、父は、家族と離れて東京に単身赴任中だったので会えないと思っていた。しかし、わざわざ、大阪まで会いに来てくれた。そのとき、暇にならないように、クロスワードを買ってきてくれて、とても嬉しかった。これで、約3週間は少し楽しめた。盲腸は、歩くこともできないくらいお腹が痛くなる。だから、トイレに行きたくなったら、耳元にあるボタンを押して看護師さんを呼ばないといけない。でも、私はとても人見知りだから、看護師さんを呼ぶことも怖かった。1週間ほど経ったときから、少しずつ看護師さんと会話が出来るようになった。そして、状態も良くなっていたから、遊び場に連れて行ってくれた。そこで、同い年の女の子が声をかけてくれた。この日から、一緒に遊びに行くようになった。遊び場では、映画を見たり、ボードゲームで遊んだり出来る。また、この女の子と病室が同じだった。とても、運命だと思った。そして、退院できる日が近づいてきた。盲腸になると手術をしないといけないけど、私は、薬だけで済んだ。
 次は、友達に聞いた話だ。友達のがんばったことは、英検を受けるときだったそう。とても緊張したらしい。まるで、生きるか死ぬかが決まるテストのように緊張したそうだ。この友達は、英検5級は受かったけど、英検4級で一度落ちたから、リベンジをするときが一番勉強した。一度落ちた経験があるから、勉強を、それ以上にがんばれるのだと思った。私も、英検4級を持っている。私は、5級をとばして、いきなり4級から受けた。その時は、英語を習っていたから、その先生に相談すると、
「ゆうこちゃんは4級からでも大丈夫。」
と言ってくれたから、4級から受けた。絶対に合格したかったから猛勉強した。その時は、とてもしんどかった。でも、合格していた時はとても、達成感があった。そして、信じられなかった。感動して、涙を流していた。この友達も、リベンジした時は受かっていた。本人はもちろん、私まで嬉しかった。なぜなら、問題集などを貸してあげたり、教えてあげたりしたからだ。このことから、私が、退院した時、自分も嬉しかったけど、家族や友人、親戚の方たち全員が嬉しかったのかなと思った。がんばっている人のことを応援していたり、一緒にがんばったりしていて、結果が良かったら、応援していた人も嬉しくなるし、結果が良くなかったら、もっと教えたらよかったと感じると思う。
 人間にとって、努力するということは、願望を叶えるために力を尽くすことである。だから、何事にもたくさん努力して、色々なことに挑戦していきたい。どんなに難しい事でも、痛み無くして得るもの無しということわざがあるように、何かを得るためには必ず痛みを伴う、すなわち、結果には必ず、努力という苦痛の代償が必要となる。何をするにも、努力はつきものだということがわかった。この努力を乗り越えたら、達成感があるから、努力をしている間はしんどいけど、努力をしている期間を大切にしていきたい。そして、病院から退院すると家族が、
「おかえり」
と言ってくれてとても、泣きそうになった。

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