ミイラ取りと道づれするミイラ
ゆうたろう
ミイラを取りに行った人が、目てきをはたせず自分もそこでミイラになってしまうこと。王様などが死んで三千年たつとその人のれいこんが肉体にもどって来て、死んだ人はふっ活すると信じられていたんだ。例えばエジプトでは、ピラミッドのおくまで入ってそのままもどれなかった人がたくさんいるらしい。ぼくが一番おどろいたのは、態々命をかけて、ミイラを取りに、行くことです。
ぼくの、似た話は、かたづけるときに、
「かたづけや。」
と、お母さんに言われたときに、弟が遊んでいたから遊んでしまったことです。
弟の似た話は、土曜日に、二才の弟がおはしを落としたから七才の弟が拾いに行こうとしたら、七才の弟もおはしを落としたことです。
ぼくが、調べたことは、さいしょのころのミイラは、死んだ人を土にうめて、作っていたと本に書いていました。そのあとは、ぬのや皮などでくるんで、穴やどうくつなどを作って入れたから、失ぱいしたとも書いていました。そこから完全なミイラの作り方がわかるまで、何百年もかかったと書いていました。
ミイラになる人はまるで、ミイラ取りをおびきよせて道づれするみたいです。もしぼくが、昔のエジプトに住んでいたとしても、ミイラを取りに行きたくないなあと思いました。
ぼくは、なぜミイラに集中するのだろうと思いました。
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