言葉の森の作文通信がなぜよいか
 書かせて添削するだけの指導ではなく、毎週の電話で事前指導をする作文通信 つづきを読む
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昔の作文/作文の丘から

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   子どもに嫌われない大人   かいち

 「かいちって将来何になりたいの?」「ん?そうだなぁ。弁護士かな。」「へえー。その次は?」「子どもに嫌われない大人。」「???ふーん。」友達と一回だけ、卒業間近に、話題が無くなったためにした会話だ。それっきり友達は話さなかった。たぶん訳がわからなかったのだと思う。だが、僕はちゃんと意味をこめて言ったのだ。(書き出しの工夫)
 その訳とは、枚挙にいとまがないが、母が原因だ。この前、祖母の家に、四泊五日したが、母は後から来て一泊二日した。だから、初めの三日間のことは何も知らない。なのに、家に帰ってくるなり「おばあちゃんの家でお手伝いしたの?」と聞かれた。玄関掃除や風呂掃除など、大きなことはしなかったが、食事が終われば「ごちそうさまでした」といって、食器をさっさと運び、みんなが食べ終われば机をふいた。それなのに手伝いをしたかと聞かれた。自分の目で確かめてから言ってほしいものだ。まあ見たとしてももっと何かできないのかと言うだろう。しかし、「紳士たれ」(中学校の校訓である)の第一歩として、当たり前のことを当たり前にする、これでも今はいいのではないかと思う。(体験実例)
 また、これは受験勉強中の話だが、勉強を教えてもらっているときに、「うん。それで?」と聞いたら、「何でもっと考えようとしないわけ?」と言われた。これでも精一杯考えて、それでもわからないから次へ進むように促しているのに。それに、僕が「あれ?ここに置いておいたプリント知らない?」と聞くと、母は「知らない」と答えるのに、母に「私がつくった名前シールはどうしたわけ?」と聞かれたので、僕が「知らないよ」と答えたら、「人の努力も少しは考えてくれない?」と言われた。「ふざけんなぁっ」と思い、「俺に渡したなら俺が悪いけど、何も知らないんだよ?ましてやどこにやったかなんて。」と、とっさに言い返した。そしたら、「はぁー、まったく。」なんて言っているようなため息をつかれた。こっちがため息をつきたいくらいだ。まったく。
 「ふざけんなぁっ」と思っているのは僕だけではない。小学校の同期男子のみんなも同じ思いだ。「受験までの間、勉強しろ勉強しろってうるさかった。」「あれしろこれしろってうるさかった。言われなくてもやろうとしていたときが一番むかついた。」「そうそう。成績が悪いとガミガミ説教して、成績がいいとニコニコするんだよ。」などなど、たくさんの思いがある。
 では大人はなぜ、このようにうるさく言うのだろうか。これは多分、僕たちをまだ子どもとみなし、その子どもはまだ物事を十分に理解していないから、自分が先導しなければならないのだ、などと勝手に決めつけているからではないだろうか。しかし、僕たちはもう少年と青年の間まできている。何でもかんでもできるわけではないが、先回りして言われるのは嫌だ。時々何気なく横から支えてくれるといい。海のかなたから現れ、ナルニアの乱れを治め、去ってゆくアスランのように。(たとえ)
さらに、なぜ僕たちをいまだに子どもと見なすのであろうか。僕たちの親もその親に子どもと見なされていたからだろうと思う。いじめられていた子が、いじめが終わると他の弱い子をいじめるように。人にはどうやら、自分の受けた苦しみを他人にも受けさせようとする性質があるみたいだ。だからといって、親が全員こうであるというわけではないが。(一般化の主題)
 ならば、僕たちは次世代の子どもたちに嫌われないようにするには何をすればよいのだろうか。まず、自分がこの年齢の頃に先回りされて嫌だったことを胸に刻む。そして子どもにもし、先回りしてしまうようなことを言いそうになったら、「あの頃の自分が言われたら怒るかな?」と考えるのだ。これが一番よいと言えるかはわからないが、何も考えないよりは次世代の子どもにも、そして、「子どもに嫌われない大人」を目指す僕たちにもよいと思う。(書き出しの結び)

   講評   nara

 コメントをありがとう。長く書ける分には、どんどん書いても構わないよ。今回の話は、電話の段階で盛り上がっていたけれど、期待どおりのおもしろさだね。
 「弁護士」と「大人に嫌われない子ども」とは、かなり方向性の違う目標だ。そのギャップが読み手を書き出しからひきつける。なかなかうまい導入だ。
 中学入試は、単なる学科の勉強や合格だけが目的ではなく、自分や周囲のあり方を見つめるいい機会でもあると思っているけれど、かいち君もそうだったようだ。特に、一番身近な存在である親に対する思いは、この経験を通して大きく変化する。ここには敢えて(?)書かれていないけれど、感謝の気持ちも生まれたことだろう。しかしながら、日々の中で最も強く感じるのは、反発だということだね。お母さんとのやりとりにリアリティがあって、多くの受験経験者の共感を呼びそう。会話のテンポもいいね。
 「では大人はなぜ……」と理由を分析したところは、たとえをうまく用いてある。「人にはどうやら……」というところは、人間性悪説とでも言えそうな意見だね。ここはポイントになる。悪いと思っていない人や事例を改めることはできない。悪いとわかっているということは、対極のいいということもわかっているはずだから、そこに努力が存在すれば、方向転換はできるものね。だからこそ「僕たちは……何をすればいいのか」という具体的な方策も考えられるわけだ。
 心に刻まれた思いは、いろいろな経験が覆い被さって、感じ取れなくなってしまいがちだ。経験や年月を重ねても、そのときの思いを忘れないためできることは何か、それを考え続けるのも大切なことなのだろうね。身近な大人であるお母さんは、大人ではあるけれど、元子どもだ。元子どもとしての当時の思いと今の思いも、もっと突っ込んでインタビューしてもおもしろそう。

★お葉書ありがとうございました。電話の声と作文から想像していたかいち君のイメージが、写真とピッタリ重なっていたのには、驚きました。中学生活、大変そうだけれど楽しみだね!

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