言葉の森の作文通信がなぜよいか
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昔の作文/作文の丘から

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   行間や余白は・・・   フラワ

新聞には、論説記事、広告欄、文化欄、学芸欄などのさまざまな記事による情報があふれているが、その中で、行間や余白は大切な役割をもっている。発行する時には、書いた人の感情があり、コラムや広告は特に人の考え方、発想がこめられている。日常生活にある情報ではなく、さまざまな偶然の介入があった方が面白い。私は、新聞の行間や余白に目を向けるべきだと思う。
 第一の理由は、そういう行間や余白といった、一見役に立たないものにも、重要な役割があるからだ。私はいつも、新聞を読むとき、広告欄にひきつけられる。それは、色、デザイン、空間が自由自在にデザインされ、活字だらけの新聞には、めずらしく、そこで目がくぎづけになる。まずその商品に興味をもち、商品を取りあつかっている会社なども気になり、情報を探す。新聞を楽しめるこのスペースは、最新の情報をいち早く知る上でも、なくてはならないページだ。
 第二の理由は、行間や余白というものがなかったら、つかれてしまうからだ。例えば、学校の授業と授業の休みの時間は同様の効果があり、気分がリフレッシュできる。この休み時間がもしなかったら、つかれてしいまい、授業に集中できないと思う。休み時間は、五〇分の授業の間にある、一〇分間だが、緊張をいやす大事な時間だ。新聞も同じように、行間や余白があることによって、より記事を読みやすくしてくれるのだ。
 確かに、中身が充実していることは、大切である。しかし、雑草とは、まだ、その美点が発見されていない植物のことある、という名言があるように、行間や余白だからといって、あなどってはならない。それはそれなりに意味をもち、重要な役割をしている。活字という堅いイメージの新聞が軽く楽しめる読み物に変わる。そこをむしろ、楽しむことがよいのだ。だから、この行間や余白を決してバカにしてはならないのである。
   

   講評   onopi

 短めですが、よくまとめられている意見文です。次回は進級試験ですね。字数がふやせるように頑張りましょう。
 

 

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