言葉の森の作文通信がなぜよいか
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昔の作文/作文の丘から

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   科学は記述から始まる   文鳥

 曖昧な言い回しであるのは日本語特有の文化や伝統といったものであり、別段、悪いことではないと私は考える。
 その理由とは第一に、そのような言い回しが日本人の国民性といったものを構成してきたからだ。
 大概の外国人から見た日本人の国民性とは「真面目で勤勉、手先が器用、慎み深い」といったものが挙げられるだろうし、中には侍を思い浮かべる人もいるかもしれない。私も剣道をやっていると言ったら「サムライ」と言われ、驚かれたことがある。(女の侍っていたのか?とも思ったが敢えてそこでは触れない。)また、外国人の中には、日本人は分かりにくい、何を考えているのか分からないと感じている人も少なくはない。それもそのはずで、日本語とは敢えて否定をしない言語だ。ようするに「イイエ」を「イイエ」とは言わず、と思わしに「イイエ」という。それが「善処します」や「考えます」といった言葉へと繋がるわけだ。
 何故こうなのかといえば、おそらく日本人という民族は常に礼を重んじるというところに視点を置いているからではないかと思う。これは武道においてもそうである。剣道でも「礼に始まり礼で終わる」というように自分が戦う相手にも礼を示す。さて、これがどう外国人を苛つかせる遠まわしな言い回しに繋がるのか。要は、出来るだけ相手を傷つかせずに穏やかに事を終わらせるかだ。遠慮や恥じらい、常に相手を立てるといったことが日本の美徳であり、そうすることが何事においても一番安全であった。その名残が今も受け継がれているわけである。
 よく、「曖昧な物言いはするな。はっきりしろ」と言われるが、そればかりではコミュニケーションはとれず、つっけんどんな人だと思われることも多々ある。それでは本末転倒である。時には相手を労わり、気遣う事も大切だと思う。
 確かに、曖昧な言い回しは相手に自分が思っていることも伝わりにくく、故に相手を苛つかせる。そのため、悪いことづくしのように思われがちだがそうではない。「礼に始まり礼で終わる」という全ての武道における共通する言葉を、古来からの日本人の精神を受け継ぎ、相手を傷つけないよう、という日本人なりの配慮だという事を忘れてはならない。
 曖昧な表現というのは、日本人の礼儀の示し方であり、美徳である。

   講評   sango

 しっかりと清書することができました。読解問題もがんばりましたね。3月もまたがんばりましょう。
        

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