創造と発表の新しい学力
作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)
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共同体的に生きる ちこちこ
現代社会は法に動かされているといっても過言ではない。すなわち、社会に人間の情が適用されにくくなっている。情に流されるか、法に従うか、その間で人間は揺れ動いている。
私は、共同体的な生き方をしたい。
第一の方法は、法律よりも人間を見ることだ。
夏休み直前の日。友達がみんなにいった。
「今日で夏休み前最後だから、教科書とか全部もちかえってください。」
彼女は委員会の仕事で置き勉をなくすためにこう言った。みんなはもうほとんど持ち帰っていたので余裕の表情だったが、風で何日か休んでいて、持ち帰ることを知らなかった私は、唖然としていた。バッグに入れようとするが、バッグの底が抜けてしまうほど教科書類はあるし、とても持ち帰れそうにない。夏休み中に取りにくるにしても、塾は朝から晩までなので行く暇もない。困ったなと思っていたら、彼女が「どうしたの?」と声をかけてくれた。事情を話すと彼女は、
「それなら仕方ないからいいよ。先生にバレたら適当にごまかしておくから。」
私は彼女にお礼を言い、「彼女が担当でよかった」と心の底から彼女の良心に感謝した。
第二の方法としては、法律を執行する人の人間性を重んじることだ。
よくニュースなどで裁判において「情状酌量」という言葉を耳にする。情状酌量というのは、刑事裁判で、裁判官が犯罪者の道場すべき情状をくみとって刑罰を軽減することだ。
こんな事件が昔あった。ある人の父が自分を幼いころから虐待し、自分はなんとか一命をとりとめ、やっと素敵な相手を見つけ、結婚しようとしたが、父が自分と自分の婚約者に暴言を吐き続けたり、嫌がらせをし、結婚を破談にまで追い込んでしまった。そして、このままでは自分の人生は父によって壊される、もしかしたら自分自身の命さえなくなってしまうと考え、父を殺害した。
このような事件において、情状酌量は適用された。幼いころから虐待されていた、結婚を破談にした、もしかしたら自分が殺されるかもしれないという状況におかれていたということが考慮されたのだ。この事件には、法律だけでなく人間の心も裁くにあたって必要とされており、これは人間だからこそできたことなのだ。
確かに、法律に基づく運営は必要だ。しかし、私たちは道徳的、共同体的な考え方を大切にしていくべきだ。そうすることで、私たちは法律によっては得られない、人間の優しさや温かさを与えたり、受け取ったりすることができる。
「法は人によって作られたが、人は法によってつくられたのではない。」
私はそう考える。
講評 sarasa
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