元の記事:頑張ることが大好きな (1005字)
花蓮 kikaren 2025/12/20 22:32:32 57246
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頑張ることが大好きな
「勉強しなさい。」母が私に声をかけた。
頑張ることが大好きな日本人は、さまざまな場面で「努力」「勉強」などと言う言葉を好んで使う。「勉強しなさい」とは、学校でも家でもよく言われることで、皆さんの中ではいい加減耳にタコができている人もいるのではないだろうか。「勉強」とはどのようなもので、なんの為にするもの何だろうか。「つとめる」とは一所懸命にはげむこと、「しいる」とは無理やりやらせることといった意味だ。つまり、「勉強」には、「学問につとめはげむ」という意味の中に、何かを無理じいするニュアンスがふくまれるため、はじめから嫌な印象が付きまとっているのだ。「勉強しなさい」と言われて、嫌な気分になるのは、もっともなことかもしれない。「勉強」とは、それ自体が目的ではなく、あくまでもそこへ行きつく為の手段にすぎない。手段を目的と勘違いする時に、「勉強」は単なる苦痛の種になってしまうのだと思う。大切なのは、なんの為に学ぶかなのである。したがって、学生時代とはこの課題を「勉強」を通じて考えていく、いわば自分探しの旅の始まりにもたとえることができるだろう。
「勉強やりなさい。」母に言われる。私はそう言われるともっとしたくなくなる。けれども、お菓子の勉強や、縫い物の勉強をするのはすごく楽しい。自分から勉強したくなる。「公文やって、ドリルやって、チェロの練習とピアノの練習とあれも」母にそう言われても、すねてやらない時がある。見舞いがしたみたいに次々言ってイライラするからだ。でも、自分から言われる前に公文やドリルをやるとすごく気持ちがいい、スッキリする。学校のテストの歴史を覚えるのは出来ないのに神経衰弱は全部覚えていつも勝つことを疑問に思った。私はなるべくこれから母に言われる前にやってスッキリ、いい気分でやることを終わらせるようにすることを心がけるようにしたいと思った。
母に聞いた「勉強がすごくつまんなかった時ってあった。」母は高校で習う授業で国語と別で習う古文がすごくつまんなくてやる必要がないと思っていたらしい。けれども、今習ったら興味がわくかもしれないといっていた。もし私だったら授業中にうっかり寝ていたかもしれない。
人間にとって勉強とはテストのためだけのものじゃなくて、自分の人生を生きやすくする力である。「ママ、ママに言われる前にやることやったよ。」私は大きい声で嬉しそうにいばった。