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ゆうと aetoku 2026/01/09 18:32:46 57642
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近年、「国際化」の必要が日本各地で唱えられているが、その意味を冷静に問い直すべきだ。欧米では「国際化」という言葉自体が存在せず、議論も自己反省もない。彼らは現実においてすでに「国際化」されていると無意識にうぬぼれているが、日本人が「国際化」を強調するのは、自分を閉ざされた民族と意識し、それを克服すべき欠点と考えているからだ。しかし、世界には「国際化」されていない国も多く、米国や欧州も完全に開かれているとは言えない。日本人は外の世界から謙虚に学ぶ伝統的習性を持つ。日本が「国際化」を求められるのは、欧米の論理に適応しなければ国として生存できないからであり、「国際化」は必要から強いられているにすぎない。日本の特殊性を普遍化する絶対善ではなく、実用的必要から外に開かれるのである。
そのための第一に、自分のことは自分で決めることである。
第二の方法としては、歴史上の偉人から、自分自身を基準とする生き方を学ぶことだ。伝記によると、聖徳太子は、『日いづるところの天子、書を日没するところの天子にいたす、つつがなきや云々』という手紙を隋の皇帝に送った。当時の大国である中国に対しても、しっかりと自分の国の存在を主張したのである。
確かに、周囲との比較で自分を見るということは大切である。しかし、……。『自分が考えるとおりに生きなければならない。そうでないと、ついには自分が生きたとおりに考えるようになってしまう』のである。