元の記事:清書メモ 私が市場に行く道は (558字)
はる aomati 2026/03/23 07:53:19 60541
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彼女が市場に行く道がアスファルトに変わった。でも彼女は土の道のほうが好きだった。道は狭くて、アスファルトが無慈悲だと思った。
なぜなら土の道には拾うものがたくさんあったからだ。さらにいつも発見があった。しかしアスファルトにはそれがない。土の道には、彼女の思いがたくさんつまっているからだ。例えばきれいな石のような小さなものがこの後の人生に響くことがあるかもしれない。ある日、ある人からもらった石があって、その石で、新しい遊びが生まれた。
僕が、外国に住み始めたとき、日本になかった土の道路がたくさんあった。
しかし七年間の間、それも少しずつアスファルトにかわっていった。そして、現在、つちのみちは、もう街中ではみられなくなった。あるとするなら、コンクリ―トの道が壊れて、謎の物体が見えるくらいだ。さらに最近アフリカカップの工事でさらにアスファルトに覆われた。そのため道が歩きにくかったりした
去年の夏、日本に帰った時京都の友達の家に行ったら、家の前の道が砂利だった。そこには、この長文のなかの土の道ではないが、草などが自然に落ちていた。そして、よるに歩くと、いちいち音が出て、防犯のようにもつかえる。しかし近所に迷惑をかけずに歩くのは難しいと思う。
便利さより好奇心
人間にとって環境は、ときに自分を落ち着かせるものだ。