元の記事:5月2週の作文の書き方です (2419字)
きら kira 2026/05/07 17:15:07 62073
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月曜20時の作文クラスのみなさまへ
お世話になっております。
連休はいかがお過ごしでしたか。穏やかな時間、アクティブな時間、いずれも自分らしく過ごすと爽やかですね。まさに、命の洗濯でしょうか。(ちょっと古風ですが)
私は、連休前半で調子に乗ってたくさん泳いだら、蕁麻疹が出て戦っておりました。なんとかやっつけたと思います。いろいろ教訓をかみしめた休日でした。
5月もよろしくお願いいたします。
5月2週の作文の書き方です。
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【ヤマブキ】まず、要約です。
シンプル・ライフを体験するには二つ方法がある。第一には旅をすることであり、第二に、もっと簡単な方法は、日本文化の伝統の中からそういうシンプル・ライフを実践した人を探し、その生と自分の現在とを比較することである。むろん現代を生きる我々は古人のような徹底したシンプル・ライフを送ることはほぼ不可能である。現代物質文明によって甘やかされており、とてもそういう厳しい生には耐えられないだろう。
★現代社会は科学文明の恩恵を受けて体操便利です。そういう生活も良いし、反対に質素なシンプルな生活も良いという文章です。
●二段落目は導かれる一つ目の意見 意見Aをあげます。★ 複数の意見一
「便利で快適な生活はよい。」そして自分の体験実例をくわしく。★ 体験実例
家電製品に囲まれた暮らし、自動車や電車、飛行機を利用する移動、インターネットの活用。どれもが私たちの暮らしを豊かにしてくれますね。
●第三段落は、意見Aとは両極の立場の意見Bをあげます。
「しかし、機械化されていないシンプルな生活もよい。」こちらにも具体的な裏付けを。必要なものだけを置く生活。断捨離も人気です。ときに、キャンプに行きたくなるのもシンプルライフへの憧れですね。
●第四段落 ★ 総合化の主題
まず、意見A,Bの両方に賛同します。
「「確かに機械化された便利で快適な生活にも素朴でシンプルな生活にもそれぞれよさがある。」
「しかし、」と展開し、名言を引用したあと★ 名言の引用、意見Cです。
「自分の満足のいく生き方を常に模索しながら生きていくことである。」など、高い次元の意見でまとめてみましょう。
【ライラック】
●まず、要約です。
【要約例】 何を読むかという前に、まず面白く楽しい本を夢中で読むという体験を一度味わう必要がある。一度読む楽しさを知った人は、あとは読書の本能と言うべきものによって、自分にぴったりした本を求めてゆく。読書の楽しさの中で最大のものは、想像力による自由感だということもできる。一冊の本を読み終えたとき、私たちは読みはじめる前とは、別人になったように思えることがある。読書が生涯を通じて私たちのそばにあるのは、それが何よりも楽しいことだからである。また、読書によって、スポーツや映画や音楽の楽しみが、一段と豊かになり深くなるのである。
ここから「私は何かに夢中になれる人間になりたい。」といった主題をあげます。
●二段落目は、第一の方法をあげます。「第一に、途中であきらめずに最後までやり遂げようとする強い意志を持つことだ。」★ 複数の方法
そして自分の体験実例をくわしく。今では好きで夢中になれることでも、壁にぶつかってやめようかと悩んだようなこともあるでしょう。続けたからこそ今があるというようなお話を書いてみよう。★ 体験実例
●第三段落は、第二の方法をあげます。「好きなことを集中してできるような環境を整えることだ。」こちらにも具体的な裏付けを。たとえば、学校は集団生活になるため、どうしても時間割というものがあって定時にチャイムが鳴ります。もう少し続けて調たい、練習したいと思う時には心残りになりますね。
●第四段落 まず、反対意見に理解を示し、名言を引用して、もう一度生き方の主題でまとめます。
確かに、「夢中になれることだけをやっていればいいのではなく、他にもやらなければいけないことはたくさんあるだろう。」しかし、「自分が考えるとおりに生きなければならない。そうでないと、ついには自分が生きたとおりに考えるようになってしまう。」という名言があるように、私は何か一つ夢中になれることを持って力強く生きていきたい。
◎複数の方法が、似たようなものにならないようにするには、第一の方法は「自分がこう変わればいいという視点」第二の方法は「自分をとりまく環境がこう変わればいいという視点」で考えるとうまくいきます。
【ワタスゲ】
一つの集団は、一人の裏切者と、一人の犠牲者を生み出すことによって完成される。つまりその時、集団は論理的に構成されるのである。神に対する絶対的な帰依だけでは、集団は不安定である。集団の内部を律する緊張を生み出すためにキリスト教は内部にユダという裏切り者を生み出した。集団が自己完結を目指すのは、集団が衰弱しはじめている証拠である。現に今でも「裏切者」と「犠牲者」によって自己完結を目指しつつある集団をたびたび目にする事ができる。一つの集団を律する原理は、新約時代からちっとも進歩していないのかもしれないのだ。
この文章から「こうあるべきだ」という主題を導きます。
「私たちは、内部に敵を作らなくてもやっていけるように、個々人がもっと強くなるべきだと考える。」
そうなるための方法を考えましょう。
かつての日本も「欲しがりません勝つまでは」と言い合って戦争を繰り広げました。明らかな敵国をつくることで団結したのです。それは本物の強さだったのでしょうか。
弱い集団にならないために、どういったことが考えられるでしょうか。民主主義が成り立つ条件を考えてみるのもよさそうです。
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よろしくお願いいたします。
きら