元の記事:こればかりは自分で (563字)
あささわ asasawa 2026/05/08 20:03:02 62126
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オーストラリアの原住民、アボリジニの一人が東京に来たときビルの入り口の自動ドアに驚き、「なんでこんなものが必要なのか。ドアなど手であければいいではないか」と言ったという。われわれはそういう思いがけぬ指摘してきで普段の生活がいかにムダなもので占められているかを思い知らされるのである。
確かに、便利で快適な生活はよい。部活中に水筒の中身をすべて飲み干してしまい、のどが渇いても水分補給ができない状況に陥ったことがある。ところが、学校に自動販売機があったおかげで、お水を買うことができて便利だった。また、私が小学六年生だったころは中学校の体育館にエアコンがついておらず暑苦しかったのだが、私たちが中学一年生になった年から、エアコンが設置され、とても快適に過ごせている。
しかし、機械的ではないシンプルな生活もよい。私はついふとした時にスマホを見すぎてしまう事がよくあり、毎度後悔している。スマホを見なければ、その時間で作業ができたのにと考えてしまう事が多くあり、いいそのことメッセージアプリだけを使うようにしたほうが、余計な時間を使わなくて済むのではないかと思った。
確かに機械化された便利で快適な生活にも、シンプルで素朴な生活にもそれぞれ良さがある。しかし、一番大切なことは自分が幸せになれる生き方を見つけていくことだ。