元の記事:吉川のパスは (970字)
うた utauta 2026/08/09 09:45:03 65542
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他人に合わせたり、自分の考えを採用したりするのは時と場合によると思う。
理由は二つある。一つ目の理由は、自分の考えが他人と違った場合、それが未来の自分に関係することなら、自分の考えを貫く必要があるときもあるからだ。例えは受験だ。受験は未来の自分に関わる。しかし友達と、プリを取らなくても、大学や高校に通えないとはならない。(プリは五百円だから、意外と高く、楽しいが、使わない…。小さいし…。)私は、部に所属していない。友達にも「ここ来ない?」と誘ってもらった。(夏休み開けたら、卓球部に見学に行く。卓球の友達と、先生に誘われた。)確かに、あの暑い時間に帰らなくていいのはありがたいが、休みの日や、放課後はだらだらしたい…。部活に入るほうが利点は多いと思う。だが、私の場合、ちょっとたいへんだなぁと思ってしまう。部活は、利点が多いぶん大変だ。(バスケ部の友達は、小指を骨折していた…。)
二つ目の理由は、他人に合わせるのは自分の考えと違った場合、すこし大変だ。だからいろいろな人に頼ったほうがストレスがない。例えば、自分は友達と、同じ推しの話をしたいが、友達は同担拒否だったとき、その推しの話ができなくなる。推しの話をするのは相手が、その子についての情報をそれなりに知っている場合だけだ。まったく興味がない友達にその子の話をするのは少しかわいそうだ。(友達に推しがいるときは交代で自分の推しの話をする。)だから同じグループに推しを持ってもらうことが最高だ。推しがいると勝手に情報が入ってくる。ライブだったり、テレビ、映画に出た話をするだけで、一日中しゃべっていられる。(私は一日しゃべっていられる、おとまりが好きだ。)この前、友達と一緒にうちわを作った。推しの話は少しでも多くたくさんしゃべりたい
(私だけかも? )同担拒否の友達に合わせて推しの話をしないままだったら、私の話したい欲が収まらない。だからほかの友達に聞いてもらう・その友達の推しの話も聞く。すると、私もすっきり。同担拒否の友達も話さなくていい。だからいろいろな人に頼るといい。
確かに、人に合わせることでもっといいことができるかもしれないが、人に合わせすぎで、自分の考えがなくなってしまうのは困る。だから、他人に合わせたり、自分の考えを採用したりするのは時と場合によると思った