元の記事:数年前、私は西アフリカの (730字)
山下正和 asayama 2026/08/21 11:06:25 65751
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要約
目あきは、なんでも見えるために、なんでも解けると思っている。ところが目あきが見えているものは目の前に見えることばかりだ。私たち盲人は、目は見えませんが心の眼を与えられています。心の眼は耳、身体、足、鼻その他の器官を見るために動員する。生態系には、荒唐無稽なこと、馬鹿馬鹿しいこと、無駄なことが満ち満ちている。それは神話、昔話と同じことである。自然の調和こそ、我々人類が生存し続けるために避けることのできない原則になった。
意見A
無駄なものは無くしてもいいと思う。僕はこんな経験をした。バスケットボールの部活をやっている時、ある練習メニューがあった。それは長過ぎるフットワーク練習だ。その練習は長過ぎて最後の方は疲れてしっかり出来ていなかった。そのことをキャプテンに言うと。キャプテンは
「確かに長くて疲れるよな、先生に言ってみるわ」
と言ってくれた。すると先生も納得して今は短時間でしっかり意味のあるディフェンス練習に変わった。こんな経験をした。だから無駄なことは無くしてもいいと思う。
意見B
しかし、無駄なことも残す方がいいという意見もある。僕はある焼き物を作る体験をしたことがある。焼き物を作るときは台みたいなものを回して作った。そのとき僕は別に回す必要があるのかと思った。他にも、確かに楽しかったが別に今時プラスチックの器などを使うから焼き物を作る必要がないと思った。しかし、話を聞くとこの焼き物は伝統があって守らないといけないけど後が継ぐ人がいないので体験する機会を作っていると話していた。それを聞いた僕は無駄なことも残すのもいいと思った。
意見C
無駄なことも無駄ではないこともどちらも大切だけど。「急がば回れ」と言うことわざのように無駄なことはないと思う。