わたしは科学文明を過信しないことが大切だと思う。
一つ目の理由は科学は「今わかっていること」でしかないからだ。科学の知識は研究が進むにつれて変わっていくものであり、かつて正しいと信じられていたことが、後になって間違いだとわかることもある。例えば、フロンガスはにおいも毒性もなく、燃えにくい安全な物質として、冷蔵庫やエアコン、スプレー缶などに広く使われていた。しかし後になって、フロンが空の上にあるオゾン層を壊し、有害な紫外線が地上に届きやすくなることがわかった。また、アスベストも熱に強く便利な建築材料として多くの建物に使われていたが、吸いこむと肺の病気を引き起こすことがわかり、現在では使用が禁止されている。私も、科学が変わっていくことを身近に感じたことがある。図鑑で惑星について調べていたとき、昔は冥王星も惑星の一つとされていたが、今は惑星ではなくなったと知って驚いた。ずっと正しいと思われていたことでも、新しい発見によって変わることがあるのだと実感した。このように、科学は絶対的な答えではなく、その時点での最善の考えにすぎない。だからこそ、「科学で証明されているから大丈夫」と思いこまず、新しい情報に目を向け、本当に安全なのかを考え続けることが大切だと思う。
二つ目の理由は、便利さの裏で、人や自然に被害が出ることがあるからだ。例えば、熊本県で起きた水俣病は、化学工場が流した排水に含まれていたメチル水銀が原因だった。その水銀が海の魚や貝に取り込まれ、それを食べた人々が手足のしびれや言葉の障害などに苦しんだ。工場が作っていた製品は当時の日本の発展を支える大切なものだったが、その便利さのために、地域の人々や海の生き物が大きな犠牲を払うことになったのである。こうした問題は、私の身近なところにもある。ある日、コンビニで弁当を買って食べたあと、ごみの量の多さに驚いたことがある。弁当の容器、ふた、おかずを分ける仕切り、割り箸の袋、レジ袋と、一食分なのにごみ箱がすぐにいっぱいになった。食べ終わるまでたった十分ほどだったのに、そのごみは燃やされたり埋められたりして、長く環境に残り続ける。年間ゴミ排出量2003年のデータによると日本年間ゴミ排出量は5160万トンだ。いつでも手軽に食事ができるのはとても便利だが、その便利さと引きかえに、たくさんの資源を使い、自然に負担をかけているのだと気づいた。科学技術は私たちの暮らしを豊かにする一方で、見えないところで誰かや自然を苦しめていることがある。
確かに、科学技術は医学や交通、インターネットなどを発展させ、私たちの生活を便利で豊かにしてきた。しかし、科学を「絶対に正しいもの」と思いこむと、その裏にある問題や限界に気づけなくなる。大切なのは、科学の良い面と危うい面の両方を知ったうえで使うことだ。だからわたしは科学文明を過信しないことが大切だと思う。