元の記事:青鷺 (1119字)
うた utauta 2026/11/01 09:51:33 68025
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科学を道具として正しく使う力が必要だ。
理由は二つある。一つ目の理由は、ネットや、録音したものと、生で聞いたものは、心のうごかされかたが違うからだ。この前、合唱コンクールがあった。木曜日が、ステージの部で、クイズや、吹奏楽部の発表があった。金曜日が、合唱コンクールだった。三年二組の「青鷺」という曲が三年の最優秀賞だった。友達の先輩が、二人ぐらいしかいないのに、すごく感動した。私は、合唱コンクールを楽しむために、合唱で聞く曲をネットで何度か聞いていた。その中で「きれいだな」と思っていたのが「青鷺」だった。プロの合唱団が歌っているものや、初音ミクちゃんが歌っているものもあった。しかし、三年二組の合唱が一番だった。多分理由は、表情が見えたことや、(先輩の一年生の歌を聞いたことがないが、一昨年は一年生だった。)「よくここまで歌えるようになった、すごい!」のような感動があったからだと思う。先輩に、三年二組の動画を送ってもらった。そこで見たものよりも、本番生で見たものにすごく感動した。自分のでは全く泣く気がしなかったが、先輩のでは、本当に泣くかと思った。(泣かなかったが、)それくらい感動した。
二つ目の理由は、デジタルのお金は、消えていっている感覚がなく、とめどなく使えてしまうということだ。もし、自分を止めることが無ければ、最悪の場合、水道すら止められてしまうかもしれない。それだけ、お金を動かすことができる。目の前で札束が消えたら、「どこいった!?」と気が付くが、カード一枚なくなっても気が付かないことがある。カードが手元にあっても、番号を見られてしまったとき、使われてしまう。銀行に借金だってされてしまうかもしれない。他人が使うこともでき、自分が使うこともできてしまう。確かに、札束を持って車を買いに行ったり、札束を持って、家具を買いに行ったりするのは面倒だ。カード一枚で、何百万と払えるなら、すごく便利だとおもう。しかし、お札一枚、落としたら一万円。カードを一枚落としたら、無限。リスクはカードのほうが高い。
確かに、化学はすごく便利になり、今から、化学のない昔にすべてを変えるといわれても、戻れないと思う。多分なくなってしまう人もいると思う。しかし、アナログの良さというものがあり、AIよりも、生身の人間がかいた完璧ではない絵のほうが心が動かされやすい。小さい子が書いた絵とかはなお指定部分はたくさんあるが、いい味を出している。デジタルは一生懸命、アナログの良さを落とし込もうとしている。筆や鉛筆なんかもある。これから、どっちがデジタルで書いたかわからなくなることもあるだろう。だから科学を道具として正しく使う力が必要だ。