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ささ 2026/06/22 18:01:50 63906
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<<主題>>私たちは自然が元々持つ美というものに、もっと目を向けていくべきだ。
<<構成>> 第一の方法として、スマホから離れることがある。スマホのない世界など想像できない今の人々にとって、現実世界は時につまらないものとして映ってしまう。窓からエッフェル塔が見える家に住んでいるだとか、年中旅行している人だとか、そういう「自分の理想の人生を生きていて幸せそうな」人々を見ていると、自分の日常はみすぼらしく、惨めだと思えてくる。
そんなあなたにおすすめしたいのが、スマホから離れることである。スマホの中にいる時間が長くなると、スマホの世界を信じ込みそうになる。だがあなたの世界はスマホの中あるわけではなく、あなたの周りに存在している。
ではスマホから離れた後、何をすればいいのか。まずは、棚の上に眠っている中学校のスケッチブックを取り出して絵を描いてみてほしい。もしかしたらあなたが「いいね」を押した絵に近づけるかもしれない。また、外に出て夕日を見ると、あなたのホーム画面になっている夕日より心に響くものがあることに気づくはずだ。
スマホから離れて過ごすと、自分がいかに枠に囚われていたと気づくだろう。
私たちは「何か」という枠にはまる存在では無い。花たちも海も山も、それぞれ美しいように、私たちももっと、皆それぞれの形で美しいのだと思ってもいいのではないかと感じる。
ペンシルベニア大学などの研究では12歳でスマホを所有している子供は、同年代の持たない子供たちに比べ、うつ病と診断される確率が31%も高かったそうだ。
幼き自分が持っていた自信や夢、希望を忘れないために、自分自身の健康を守るためにスマホから離れることが大切だ。
<<構成>> 第二の方法として、「美しさ」に順位をつけるような美術教育を考え直すことがある。小学校の校内書初め大会で決して一位になれなかったことを今でも覚えている。私とその子は習字の流派の違いから、文字の太さや癖、形も異なった。
その時感じた、自分の美しさは必ずしも誰かの美しさでは無いのだという事実は小学3年生の私が知るには少し早かったかもしれない。
私たちの「美しさ」の基準は生まれた瞬間から人の反応や注目度などで学んでゆく。そして、そういうことを聞いているうちに、「美しく」ならなくてはならないのだと思わされる。
本物そっくりの絵、左右対称の顔、角の欠けていない消しゴム。美術に限らず私たちはそのものの「完璧さ」を意識し、それを基準としてものをはかっているのではないか。その過程で個々の感性を失っているのではないか。美しさに順位をつける美術教育は、私たちのオリジナリティ、アイデンティティも奪っているのかもしれない。
<<主題>> 確かに、私たちが造った美によって、都市や商品が洗練された。また、特定の美の基準を設けると商品化しやすく、利益がもらえるという企業にとって良い一面もある。
しかし、<<表現>>「美しさとは人の目に映るものではなく、自分の中で咲かせるものである」ように、私たちは自分の内側を明るく照らす「美しさ」を育てることに力を入れるべきだ。他のものばかり見つめるよりも、自分を見つめ、美しさを見つけることのほうが有意義で、人生を楽しく思い切って過ごせると思う。