ログイン ログアウト 登録
鳥の村


説明編集
※講師が書いた記事は、参加者にメールで連絡が届き、記事が茶色の文字で表示されます。
 生徒が書いた記事は、参加者にはメールは行かず、記事が黒色の文字で表示されます。
 生徒が書いた記事は、発表室に表示されます。限定表示にすると、先生だけに表示されます。





アメリカと日本の社会のちがい (889字)  akeyuya akeyuya 2026/07/16 22:10:43 64815

アメリカのユージーンという小さなまちでは、日本とちがって、それほど大きくなく、生活のリズムがゆったりとしているせいもあって、見知らぬ人どうしでも、道ですれちがうと、「ハロー」とあいさつして、バス停に車椅子の乗客がいれば、バスに乗り込むまであたりまえのように待っている。また、ユージーンは、まちのなかに障害者がいることで、人の流れが変わらないまちだった。

 わたしたちは、障害を持つ人に手を差し伸べていくべきである。僕の中学校では道徳の授業で実際に、目の不自由な人になる体験をしたことがある。この授業をする前までは、目の不自由な人がどのように生活を送っているのかにはまったく興味がなかった。しかし、実際にアイマスクを付けて目の不自由な人を体験してみること、階段を上ったり下りたりするときに、何度もつまずきそうになったりしてとても大変だった。だから、もし自分が、困っていそうな視覚障害者を見つけたら、勇気を出して声かけてあげようを思った。

 しかし、障害を持つ人たちが、自らの力でやり遂げようとする意思を尊重することも大切である。障害者が困っているときに、手助けをしたりすることは必要だが、何でもすぐに手助けをすることが、必ずしもいいとは限らない。僕は、同じクラスに障害を持った子どもがいる。前に、その子ががんばってひとりで整理整頓をしているところをみて、自分も手伝ってあげようと思ったことがあった。しかし、その子は真剣な顔であきらめずに掃除をしていたので、あえて手助けをしなかった。このような場面ですぐに手助けをしてしまうと、その子が自分でやった達成感が得られなくなってしまうと思ったからである。

 たしかに、弱者に手を差し伸べることも、自らやろうとする意思を尊重することも大切である。しかし、もっと大切なことは、「わたしたちの人生はわたしたちが費やしただけの価値がある。」という言葉があるように、対等な立場でみんながひとつの人生を歩んでいくのだという姿勢だと思う。だから、これからは、障害者と関わるときには、手助けをした方がいいときやそうでないときなどを状況によって判断していきたい。



Online作文教室 言葉の森    鳥の村 管理の鳥 「作文金2000まえ」 昨日から 0