元の記事:生きもののように焔をあげ (478字)
まこ akomako 2026/08/07 20:05:01 65468
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火との対話さえ、最近では次第に忘れられていく。かつてのランプの焔のまわりに広がっていた闇のしじまは消え失せて、いたるところに真昼のような人口証明の空間が出現してしまったのである。人類の歴史というのは、火の使用という驚くべき体験によって幕をあげたと同時に、じつは、いかにしてその原初の火を手なずけ、制御可能なものにするかという挑戦の歴史であったといえるのかもしれない。かつての原初の火は、個人のレベルで向き合って対処することができたが、この用に社会化されてしまった現在の火は、時に個人の知らぬところで暴発してしまう。
私は、便利さに流されることなく、生きるための知識や知恵を自らの身をもって習得していきたい。
便利なものに頼りすぎないことだ。
Googleマップなどを使わず、特に目的地も決めず友達とサイクリングをしたことがあった。遠たことのない道でどこだかわからなかったが、冒険心が掻き立てられてワクワクした。
学校教育においても、机上の勉強だけでなく、実体験にもとづく学習を取り入れていくことである。
確かに、一度便利になってしまった生活を変えることはむずかしい。