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ある朝、私は一冊の (993字)
山下正和 asayama 2026/10/22 23:58:52 67814
要約
少年時代にいつもそうしたように私はまず家の庭へ入った。不思議なある密かな不安を感じながら、私は少年時代の喜びを味わった。しかしそれらは昔とは違った顔をしていた。あの子供の頃の喜びの余韻さえパッと心に浮かんでくるのであったがそれは悲しい味がした。散歩をして山上から街を見下ろしてみようと心に決めていた。
汽車が輝く鉄路を走ってきて私のそばを通りすぎた。それを見送った私は、一瞬非常にはっきりとここでは本当の喜びが花が咲くことはないと感じた。そしてあの列車に乗って世の中へ出て行きたいと、心の底から思った。
意見A
僕は無邪気で自然と触れ合う子供時代は必要だと思う。
僕は小さな頃よく近くの川や丘に遊びに行っていた。その川にはボランティアに行っていた。そのボランティアは川にいる魚やかになどをとりその川についていろいろ学べるものだった。そのボランティアをしていくうちに川の生き物について興味が湧いてきた。
丘は近所の友達と一緒に虫取りに行ったりしていた。虫取りに行くことで虫について興味が湧いたし自然と触れ合うこともできた。今はあまり川や丘へ行くことはなくなったけど、小さい頃によく行って自然と触れ合ってきたから、今でも自然についても興味が湧くし体を動かす楽しさがわかるから、僕は無邪気で自然と触れ合う子供時代は必要だと思う。
意見B
しかし、自然や家族から離れ一人で自立する方が大切だという意見もある。
僕も中学生になり学校にいる時間や一人でいる時間が増え、自然や家族から少し離れていったと思う。僕はこんな経験をした。中学校に入りたての頃部活の試合で市内の中学校へ行くことになった。その中学校へ行くのに電車を使った。しかし、間違えて別の電車に乗ってしまい別の駅に行ってしまった。その時少しパニックになってしまいどうしていいか分からず何もできなかった。その後駅員さんが困っている僕を見つけて、目的地の駅までの乗り方を教えてくれた。しかしみんなにはとても迷惑をかけてしまった。あの時パニックにならず顧問の先生に報告してしっかり元の目的地まで行けていたらあまりみんなには迷惑をかけていなかったと思う。だから自立の方が大切だという意見があると思う。
意見C
無邪気な子供時代も自立する時期も大切だから「可愛い子には旅をさせよ」(かわいこにはたびをさせよ)ということわざのように親の子供への態度が一番大切だと思う。