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死と生
イチゴの滝の広場
太公望/うの中3
 生命とは、何かのことで一瞬にして消えていってしまうものであること、そ
れが消滅する共に、まるでばば抜きで手元のカードを引きぬかれでもしたみた
いに、私の手元に残ったもの、これこそ「死」以外のなにものでもないという感
じ。これ以上大事なものはないと信じて大切にしていたものでさえ、一瞬にし
て離れ去り、二度と戻ってくることがない。人生では、そういうことが起こる
。そういう一瞬があるのである。それは、あたかも、私たちに油断の時を狙い
済ませていたかのように突然やってくる。
 
 人間は、「死」というものに対してとても強い恐怖を感じる。感じない人もい
るだろうが大抵の人が感じるだろう。それはなぜかというと死後の世界を知ら
ないからである。だから人間は、「死んだらどうなるのだろう」とおもうのであ
る。だから人間というものは弱くもろい。身の回りの誰かが死んだら悲しんだ
り苦しんだりする。そのうち人間は、「死」から逃げようとする。だから親が
子供に対して「死」にたいする考え方をきちんと教えないのである。子供は、「
死」というものを深く考えなくなり生きるという大切さが分からなくなる。それ
によって少年によるナイフなどの凶器を使った殺人事件が起こるのである。
 
 もっと私たちは、「死」や「命」について深く向き合っていくべきである。よ
く事件などがあった学校で校長が「命の大切さ」についてよくいっている。本来
そのことについていちいち学校で学ぶようなものではないはずである。そのこ
とについては、家庭での生活などにおいて分かっていく問題なのにそれが出来
なくなってしまっている。日本は、そのような問題を多く抱えている。それは
なぜか。私が考えるに宗教の問題ではないかと思う。日本は、基本的に無宗教
なので信じるものが無い。キリスト教では「神から授かった命」仏教では「仏
から授かった命」といってだから命を粗末にすべきではないと教えている。日
本人には、それが無いため自分から命を絶つようなことをするのである。
 
 もっと私たちは、「死」に対して興味を持つことである。また「死」と「生」は
紙一重である。そのどちらかを選ぶのはその個人の自由だが自分の命を乱暴に
扱ってはいけない。死に対して変な考えを持ってはいけない。常に前向きに生
きていくことが大切である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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