0イバラ の山 8 月 3 週 (5)
○木の葉や草の葉が(感)   池新  
 【1】木の葉や草の葉がみどりいろなのは、葉の中にようりょくたいというみどりいろのつぶつぶが、たくさんあるからです。
 【2】そして、このつぶには、ようりょくそという、みどりいろのもとになるものと、カロチンというきいろのもとになるものとが、ふくまれています。
 【3】あきになると、ようりょくそがこわれてしまい、カロチンだけがのこるので、葉のいろがきいろになるのです。
 【4】赤くなるのは、アントシアンという赤いろのもとになるものが、あきになるとつくられるからです。
 【5】マツやツバキの葉のように、あきになっていろもかわらず、ちりもしないものは、すこしずつおちて、あたらしい葉といれかわっているのです。
 【6】草はふゆのさむさから、からだをまもることができません。そこで、さむいふゆがやってこないうちに、たねをつくって、たねでふゆをこします。
 【7】たねは、あついじょうぶなかわでまもられているので、ふゆのさむさにも、たえることができるのです。
 【8】といっても、すべての草が根まで、すっかりかれてしまって、たねだけをのこすというわけではありません。【9】草の中には、土(つち)の中の根や地下けいでふゆをこしはるになるとまい年、あたらしいめをだすものも、すくなくありません。チューリップなどがそうです。【0】
 木は、ふゆになるとかれるといっても、葉をおとすだけで、みきやえだが、かれてしまうわけではありません。はるになると、あざやかなみどりの葉をつけます。
 
 「なぜだろうなぜかしら」(実業之日本社)より