ムベ の山 10 月 4 週
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◎自由な題名

★清書(せいしょ)

○潔
「潔」と進がいった。「われのところに新しい本が東京から送って来たと違うか」
「ああ」ぼくはいった。「この間、小包で送って来たんや」
「貸してくれんか」と進はやさしくいった。
「いいよ」
とぼくはほとんどいそいそとしていった。進の意を迎えることのできる材料が意外にも身近にあったのがうれしかった。
「今日持って行こうか」
「おれがわれんちに行くわい」と進はいった。
 その日進は約束した通りやって来た。ぼくはかれを自分の部屋に通して、伯母にたのんでそこに作ってもらってあったこたつに入るように勧めた。
 進はぼくの見せた本のどれにもこれにも目をかがやかした。
「東京にはもっとあるんやろう」
「たのむから送ってもろうてくれんか」
「おれ今まで家の手伝いで読めんなんだろう、冬に入ってようやく読む時間ができたんや」
「四月に入れば、中学に入るための勉強せんならんから、読めんようになるしな」
と進は興奮したように次から次へとしゃべった。
 東京に残っている本を小分けにして小包で送って欲しいとその日のうちに手紙でたのんでみると進に約束すると、進はようやく興奮を鎮(しず)め安心した風を見せた。
 ――その日進は高垣眸の「竜神丸」と南洋一郎の「吼(ほ)える密林」とを借りて行った。
 そして進との交友は再び復活し、冬休みの時と同じくらいの頻度でおたがいの家を往(ゆ)き来した。家での進は学校での進と別人の観があった。進が学校でも、家で会う時と同じように振る舞ってくれたら、ぼくは進を本当に親友と見なし大切に思ったに違いない。しかしぼくは家を出て家に帰るまでの進の専横な振る舞いを決して忘れるわけには行かなかった。進がそんなぼくの気持ちに感づいていたかどうかは分からなかった。しかしとにかくぼくたちは二人だけでいる限り、気が合い、話題も尽きなかった。話は戦争の見込みや、∵勉強の計画、自分たちの将来などに及んだ。
 たとえば将来の夢について、「戦争が長びくようやったら」と進はいうのだった。
「おれァ、海兵を受けることにやっぱり決めたわ」
 もし終わったらどうするかというぼくの問いに対してかれは答えた。
「高等学校へ入って帝大へ行き高文を受けて、官吏になるわ、われの家の人みたいにな」
 かれの頭に、成功した郷里の先輩としてぼくの父が描かれていたことに間違いなかった。そしてかれがおそれていることは戦争が早く終わって、ぼくが東京に早く引き揚げてしまい、一緒に受験勉強もできなくなってしまうことらしかった。その証拠に、かれは何度となく、
「戦争が終わっても六年はここで終えて行くのやろ、それから東京の中学を受ければいいにか」とぼくに確かめたからである。もちろんぼくはそうするつもりだと嘘をついた。
 ぼくらはよく一緒に風呂へも行った。すると風呂で一緒になる大人たちは、浜見一番のあんぼ(しっかり者の長男)と寛平(かんぺい)さの東京の子がすっかり意気投合し親友になったことを祝福してくれた。するとぼくの心は自分が間違って見られていることに対する不満と、そんな風に誤解されてもしようがないように振る舞っている自分に対する嫌忌の念にひそかに包まれた。ぼくはいつも心の奥底で、自己に忠実でありたかったから、家に帰ってからの進との往き来を今のような形で続けるのを拒否すべきか、もしくは進の方で学校での態度を改めるべきだと思っていた。そのことが二つとも実現しない限り、自分に忠実でなく、虚偽の生活を行っているのだと思っていたのだった。しかし現実のぼくは、内心の願いとはまったく逆に、昇の貢物の一件以来、進の勢力の偉大さを思い知らされ、もはや昇と協力して級を改革する夢にふけることもできなくなり、努めて進の意にそうように振る舞っているのだった――